アヴェ・ヴェルム・コルプス (お話です) 『メタ定理』 『 「抽象性」と「確実なもの」で ある事象に対して 「算術の領域」から領納していくとき、 「集合論」の「無限の領域」が 「素数いわゆる複素数」の「本性」から その種類が無限にいたり 人間の尺度を越えたものの領域を 「算術」という「確実なもの」を 「形而上学(メタフィクス:metaphysics)」 の「抽象性」を与えて 「人間の実有」の知覚で論究する ということについて 』 『タルムード第5章』 『聖クルアーン第17章』 「タルムード第5章」 『タルムード第5章』 1。 10の言葉で世界が創造されました。 それについて聖書で何を教えているのだろう。だが世界はひとつの言葉で創造され得たのでないか。しかし、それは10の言葉で創造された世界を滅ぼす悪人どもに刑罰を下すためであり、また10の言葉で創造された世界を永続させる義人たちに素晴らしい報酬を与えるためである。 2。 アダムからノアへの10の世代が、ありました。偉大な彼がそれらに洪水の水を持ってまで、絶えず彼を引き起こし、これらの世代の一人一人のために、彼の忍耐であった方法を示して 3。 アブラハムは、私たちの父が来て、それらすべての報酬を受け取るまで、これらの世代の一人一人のための彼の忍耐は、継続的に彼を挑発した方法大きな表示するには、ノアからアブラハムまで10世代が、ありました。 4。 10テストとテストアブラハムは、私たちの父であったと彼はそれらすべての不動の立っていた[彼らはされました]彼の愛がいかに偉大な表示することもできます。 4。 10の奇跡がエジプトでわたしたちの父祖たちのために行われ、また10の奇跡が会場で行われた。10の疫病を聖なるお方 - 彼は頌むべきかな - はエジプトでエジプト人にもたらし、また10の疫病を海上でもたらした。10度もわたしたちの父祖たちは偏在者である神 - 彼は頌むべきかな - を荒れ野で試みた。なぜなら「不思議は、海上でエジプトと10で私たちの先祖のために行われた。10度もわたしを試み、わたしの声に聞き従わなかった」(民数記14・22)と言われているからである。 『聖クルアーン第17章』 聖クルアーン 第17章 夜の旅章(アル・イスラーゥ)マッカ啓示111節 慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。 17-1.かれに栄光あれ。そのしもべを、(マッカの)聖なるマスジドから、われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに、夜間、旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。 17-2.われはムーサーに啓典を授け、イスラエルの子孫ヘの導きとさせ(命じ)た。「われの外に守護者を持ってはならない。」 17-3.われがヌーフと一緒に(方舟で)運んだ者の子孫よ。本当にかれは感謝するしもベであった。 17-4.またわれは啓典の中で、イスラエルの子孫に対しこう啓示を与えた。「あなたがたは必ず地上で2度悪を犯し、必ず甚だしく高慢に思いあがるであろう。」 17-5.それで2つの中最初の時(預言)が来た時、われはしもべの中の武勇に富んだ者を、あなたがたに遣わし、かれらは家々の最も奥に入り、約束は成し遂げられた。
投稿者: 有馬徳彦
投稿日時:2012-08-23 15:53:14.0
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アヴェ・ヴェルム・コルプス
(お話です)
『メタ定理』
『
「抽象性」と「確実なもの」で
ある事象に対して
「算術の領域」から領納していくとき
「集合論」の「無限の領域」が
「素数いわゆる複素数」の「本性」から
その種類が無限にいたり
人間の尺度を越えたものの領域を
「算術」という「確実なもの」を
「形而上学(メタフィクス:metaphysics)」
の「抽象性」を与えて
「人間の実有」の知覚で論究する
ということについて
』
『タルムード第5章』
『聖クルアーン第17章』
「タルムード第5章」
『タルムード第5章』
1。
10の言葉で世界が創造されました。
それについて聖書で何を教えているのだろう。だが世界はひとつの言葉で創造され得たのでないか。しかし
それは10の言葉で創造された世界を滅ぼす悪人どもに刑罰を下すためであり
また10の言葉で創造された世界を永続させる義人たちに素晴らしい報酬を与えるためである。
2。
アダムからノアへの10の世代が
ありました。偉大な彼がそれらに洪水の水を持ってまで
絶えず彼を引き起こし
これらの世代の一人一人のために
彼の忍耐であった方法を示して
3。
アブラハムは
私たちの父が来て
それらすべての報酬を受け取るまで
これらの世代の一人一人のための彼の忍耐は
継続的に彼を挑発した方法大きな表示するには
ノアからアブラハムまで10世代が
ありました。
4。
10テストとテストアブラハムは
私たちの父であったと彼はそれらすべての不動の立っていた[彼らはされました]彼の愛がいかに偉大な表示することもできます。
4。
10の奇跡がエジプトでわたしたちの父祖たちのために行われ
また10の奇跡が会場で行われた。10の疫病を聖なるお方
-
彼は頌むべきかな
-
はエジプトでエジプト人にもたらし
また10の疫病を海上でもたらした。10度もわたしたちの父祖たちは偏在者である神
-
彼は頌むべきかな
-
を荒れ野で試みた。なぜなら「不思議は
海上でエジプトと10で私たちの先祖のために行われた。10度もわたしを試み
わたしの声に聞き従わなかった」(民数記14・22)と言われているからである。
5。
10の奇跡は神殿内でわたしたちの先祖のために行われました。すなわち聖別された供儀の肉の匂いで女性が流産しなかった。聖別された供儀の肉も決して腐らなかった。屠獣部屋に蝿(はえ)は見られなかった。贖罪の日に大祭司は夢を漏らさなかった。雨が祭壇の薪束の火を消すことはなかった。風が煙の柱を圧倒することはなかった。オメルの束
二個のパン
および供えのパンに瑕疵は発見されなかった。彼ら人々はひしめいて立ったが
楽に跪(ひざまず)けた。またエルサレムの中では蛇もさそりも危害を加えなかった。またエルサレムで宿泊するわたしには場所が狭すぎる
とその仲間に言ったものは誰もいなかった。
6。
10のものが安息日の前夜の宵の口に創造された。それらは
地の口
井戸の口
雌ろばの口
虹
マナ
杖
シャミール
文字
書体
書き板である。またさらに悪魔
モーセの墓
およびわたしたちの父祖アブラハムの雄羊
と言う者たちもいる。またさらに挟み道具で作られた挟み道具
と言う者たちもいる。
7。
7つのことが無学の者について
また7つのことが賢者について言える。賢者は知恵において自分よりすぐれている人の前では語らない。また彼は仲間の話に割って入らない。また彼は性急に答えない。彼は主題に合わせて訊ね
ハラハーに従って答える。彼は最初の問題は最初に話し
最後の問題は最後に話す。彼が聞いていない事柄に関しては
わたしは聞いていないと言う。また彼は真理を認める。これらの逆が
無学の者の場合である。
8。
7種類の刑罰が7つの大罪のためにこの世に下る。誰かが10分の1をの献げ物を献ても
誰かが10分の1の献げ物を献げなければ
魃(ばつ)による与え
いくつかの十分の一を与えていない場合は
干ばつから飢饉が来る。
いくつかの充足を持っていながら
いくつかの飢餓。
すべての十分の一を与えない解決するときに混乱や干ばつから飢饉が来る。
そして
彼らは生地の提供を(数字15:20)離れて設定されません場合は
すべてのかかる飢饉が来る。
とするため第七年間の農産物(レビ記25:1-7)のTorahsのとがの
疫病ため裁判所に持ち込まれていない律法で差し止め死刑に値する犯罪の世界にしています。
とするためのhalakahに従っていない律法を教えるものの
剣のための正義の遅延と正義の曲げるの世界にしています。
邪悪な獣のため偽証と名前の冒涜の世界に来る。
亡命ため偶像崇拝と近親相姦と血を流すの世界に来る;とするためのサバティカル年の間に土壌中への放出を与えるために無視する。
9。
毎年四年
七年に
七年後の年に
と仮庵の祭りの終わりに4つの期間の疫病の増加で。
"4年"
-
のため三年Poormanの税収(申命記14:28-30)の怠慢である。
"第七年に"
-
ので
6年Poormanの税収の怠慢。
"七年後の年"
-
越境したため7年目のTorahsが生成されます。
"仮庵の祭りの終わりには毎年"
-
ので
そのためです収穫ギフトの貧しい人々を奪った。
10。
男性の間で4つのタイプがあります。
彼は
"私は私のものとあなたがあなたの何です何ですか"と言う人
-
一部は
これはソドムのタイプであることを言うが
これは
一般的なタイプです。
彼は
"私があなたと何かあなたは私です何ですか"と言う人
-
彼は無知な男だ。
彼は誰が
"私はあなたです
何があなたは汝自身である何ですか"と言う
-
彼は聖人のような男だ。
そして彼は
"あなたは何ですか鉱山であり
何が私は私です"と言う人
-
彼は邪悪な男だ。
11。
男性の間で四気質があります。
挑発するのは簡単となだめるのは簡単
-
彼の損失は彼の利得によってキャンセルされます。
ハード挑発し
ハードなだめるために
-
彼のゲインは彼の損失によって解除されます。
挑発するのは難しいとなだめる簡単に
-
彼は聖人のような男だ。
彼は邪悪な男です
-
誘発する
ハードなだめるために簡単です。
12。
4つの特性は
学生の間で発見されています。
学ぶことは
迅速かつ忘れ素早く
彼の利得は
彼の損失によって解除されます。
学ぶと忘れてしまい減速する遅く
彼の損失は彼の利得によってキャンセルされます。
学ぶと忘れて遅くに素早く
彼は幸せがたくさんある。
学ぶために遅くなると忘れて迅速に
彼は不幸がたくさんある。
13。
施与をする者に4つの型があります。
彼は誰が与えることを望んでいるが
他に与えるべきであることを望まない
-
彼は他人に属しているものbegrudges。
彼は彼自身に属するものbegrudges
-
彼は誰が他の人が彼が与える必要があることを与えるがないことを望んでいる。
彼は誰が与えること
また
他人が与える必要があることを望んでいる
-
彼は聖人のような男だ。
彼は誰が自分自身を与えたくないし
他人が与えるべきでたくない
-
彼は邪悪な男です。
14。
学塾に通う者に4つの型があります。
練習(研究を)行くとしない彼
-
彼は行くことの報酬を持っています。
彼プラクティス(研究)が行っておりません
-
彼は練習(勉強)の報酬を持っています。
彼は聖人のような男だ
-
になり
またプラクティス(研究)彼。
彼は誰も行かないもプラクティス(研究)
-
彼は邪悪な男だ。
15。
スポンジ
漏斗
ストレーナー
およびふるい:賢人の存在下で座っている者のうち4つの型があります。
"スポンジ"
すべてを浸す。
"漏斗"この最後に取り込んで
他で実施することができます。
ワインをすることができますし
"こし"は
かすを保持します。
"ふるい"は
誰が粗い食事を取り除き
細かい粉を収集します。
16。
愛が何かに依存し
それが通過するたびに
その愛があまりにも離れて渡します。
愛はいくつかの隠された利益に依存していない場合
その後の愛が離れて通過することはありません。
いくつかの材料の優位性に依存し
愛の例とは何ですか?
タマルのためにアムノンのこと。
どのようないくつかの隠された利益に依存していない愛の模範となりますか?
ダビデとヨナタンのこと。
17。
神のサービスで繰り広げすべての論争は最終的には持続的な価値のものでなければならないが
任意のエンドでない永続的な結果につながるものとされていない。
どの論争では
G-dので繰り広げられている一例でしたか?
などは
ヒレルとshammaiの論争だった。
そしてこれは
G-dのためではなかった?
などは
コラとすべての彼の会社の論争だった。
18。
誰でも正しい道で大衆をリードしてしても罪に来ませんが
誰でも道に迷って大衆をリードして
彼がコミットし
すべての間違ったために後悔することはできません。
こうしてモーセは高潔であり
彼は正しい道で大衆を率いて
それが書かれているそのメリットは
彼に帰されます(申命記33:21)
"彼は主の正義を実行し
イスラエルのための彼の条例。"
しかし
ヤロブアム
ネバテの子
罪を犯し
罪に多数を引き起こし
それが書かれているように大衆の罪は
彼がコミットしていること
そのためヤロブアムの罪
"(私はキングス15:30)彼に帰されている彼は
イスラエルがコミットしていました。
"
19。
寛大な目
謙虚な精神
そして柔和な魂:誰でも私たちの父アブラハムの弟子に属しているこれらの3つの資質を持っています。
しかし
三反対の資質持っている彼
-
邪眼
誇りに思う心と
高慢な魂が
-
邪悪なバラムの弟子である。
どのようにアブラハムの弟子たちはバラムの弟子から違うのでしょうか?
それは(箴言8時21分)書かれているアブラハムの弟子たちは
この世界を楽しみにして世界が来るように継承する
"私を愛する人の富を持つ持たせること
およびそれらの宝庫を埋める。"
バラムの弟子地獄を継承し
それが書かれている
破壊に下る(詩篇55:23)
"しかし
G-d
最小ピットにそれらを下に向けるでしょう。血に飢えと危険なの半分を生きてはならないその日。しかし
私はあなたに信頼します。
"
20。
ユダベンTeimaは言うに使用される:ヒョウ
ワシとして迅速
ガゼルなど艦隊と
天国であなたがたの父の意志を行うためのライオンとして勇敢なように強いこと。
彼はまた言って使用しました。厚かましいは地獄とパラダイスのために愛想のためのものです。
(彼は祈るために使用される):それは寺が私たちの日でスピーディーに再建されることを
わたしたちの父祖たちの主よ私たちのG-dとG-d汝の意志である
あなたの律法で私たちの一部を与えることができる。
21。
彼は言っていた。5歳は聖書の学びの開始のため
10歳はミシュナの学びのため
13歳は掟の遵守の開始のため
15歳はタルムードの学びの買い子のため
18歳は天蓋のため
20歳は追い求めるため
30歳は力のため
40歳は理解のため
50歳は助言のため
60歳は老人のため
70歳は白髪のため
80歳は力のため
90歳は曲がった腰のため
100歳はまるで死人のようになって過ぎ去り
この世から消え去る。(詩篇90:10)
22。
ベン·バグ·バグは言う。律法を繰り返し探せ。なぜならその中にすべてがあるからである。それを見つめ
その中で年老い
朽ちなさい。それから脇にそれてはいけません。なぜならばあなたはそれにまさる基準をもってないからである。
23。
ベン·へー·へーは言う。苦労に応じて報酬である。
『聖クルアーン第17章』
聖クルアーン
第17章
夜の旅章(アル・イスラーゥ)マッカ啓示111節
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。
17-1.かれに栄光あれ。そのしもべを
(マッカの)聖なるマスジドから
われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに
夜間
旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。
17-2.われはムーサーに啓典を授け
イスラエルの子孫ヘの導きとさせ(命じ)た。「われの外に守護者を持ってはならない。」
17-3.われがヌーフと一緒に(方舟で)運んだ者の子孫よ。本当にかれは感謝するしもベであった。
17-4.またわれは啓典の中で
イスラエルの子孫に対しこう啓示を与えた。「あなたがたは必ず地上で2度悪を犯し
必ず甚だしく高慢に思いあがるであろう。」
17-5.それで2つの中最初の時(預言)が来た時
われはしもべの中の武勇に富んだ者を
あなたがたに遣わし
かれらは家々の最も奥に入り
約束は成し遂げられた。
17-6.次いでわれは
あなたがたがかれらに勝利を得るようにし
またあなたがたの財産と子女を増やして多くの人々とした。
17-7.(そして仰せられた。)「もしあなたがたが善を行うなら
自分の身のために善を行うのであり
また悪を行っても
自分のため(に行うの)である。」それで2番目の時が来た時
あなたがたの顔は曇り
最初の時のように
かれらはマスジドに侵入し
凡てはかれらによって徹底して踏み躙られ壊滅に帰した。
17-8.或るいは主もあなたがたに情けを与えるであろう。だがあなたがたが(罪を)繰り返すならば
われも(懲罰を)繰り返すであろう。われは不信者のために
地獄を牢獄として設けた。
17-9.本当にこのクルアーンは
正しい(道への)導きであり
また善い行いをする信者への吉報である。かれらには偉大な報奨が授けられる。
17-10.また来世を信じない者には
われはかれらのために痛ましい懲罰を準備した。
17-11.人間の祈りは幸福のためであるべきなのに
かれは災厄のために祈る。凡そ人間はいつも性急である。
17-12.われは夜と昼の2つの印を設け
夜の印を暗くした。だが昼の印は明るくして
あなたがたに(働いて)主の恩恵を祈らせ
また年数を知り
(暦法を)計算させる。われは凡てのことを詳細に説き明かした。
17-13.一人ひとりに
われはその運命を首に結び付けた。そして復活の日には
(行いの)記録された一巻が突き付けられ
かれは開いて見る。
17-14.(かれは仰せられよう。)「あなたがたの記録を読みなさい。今日こそは
あなた自身が自分の清算者である」
17-15.誰でも導かれる者は
只自分の魂を益するために導かれ
また誰でも迷う者は
只自分を損うために迷う。重荷を負う者は
他人の重荷を負うことは出来ない。われは(警告のため)一人の使徒を遣わさない限り決して懲罰を下さない。
17-16.われが一つの町を滅ぼそうとする時は
かれらの中で裕福に生活し
そこで罪を犯している者に(先ず)命令を下し
言葉(の真実)がかれらに確認されて
それからわれはそれを徹底的に壊滅する。
17-17.ヌーフの後
如何に多くの世代を
われは滅ぼしたことであろうか。あなたの主は
そのしもべたちのいろいろな罪を知っておられ
見ておられる方として万全である。
17-18.誰でも束の間(のこの世の事物)を望む者には
われも急いでかれのために
われの欲する物をわれが望む者に与える。それからかれのために地獄を準備する。かれはそこで焼かれ
恥辱を被り
(慈悲を)拒否されるであろう。
17-19.しかし誰でも来世を望み
それに向かい精出し努力し
信仰する者
これらの者の努力は嘉納される。
17-20.われは凡ての者に
これらの者にもまたかれらにも
あなたの主の賜物を広く授ける。あなたの主の賜物には限界はないのである。
17-21.見なさい。われはある者に
如何に外よりも優れた恩恵を与えるかを。しかし来世では
必ずもっと大きい等級や偉大な特典がある。
17-22.アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。さもないと
あなたがたは軽蔑され見捨てられるであろう。
17-23.あなたの主は命じられる。かれの外何者をも崇拝してはならない。また両親に孝行しなさい。もし両親かまたそのどちらかが
あなたと一緒にいて老齢に達しても
かれらに「ちえっ」とか荒い言葉を使わず
親切な言葉で話しなさい。
17-24.そして敬愛の情を込め
両親に対し謙虚に翼を低く垂れ(優しくし)て
「主よ
幼少の頃
わたしを愛育してくれたように
2人の上に御慈悲を御授け下さい。」と(祈りを)言うがいい。
17-25.主はあなたがたの心の中に抱くことを熟知なされる。もしあなたがたが正しい行いをするならば
かれは悔悟して度々(主に)返る者に対し
本当に寛容である。
17-26.近親者に
当然与えるべきものは与えなさい。また貧者や旅人にも。だが粗末に浪費してはならない。
17-27.浪費者は本当に悪魔の兄弟である。悪魔は主に対し恩を忘れる。
17-28.あなたは主からの慈悲を請い願うために
仮令かれらから遠ざかっていても
あなたはかれらに対し優しく語りなさい。
17-29.あなたの手を
自分の首に縛り付けてはならない。また限界を越え極端に手を開き
恥辱を被り困窮に陥ってはならない。
17-30.本当にあなたの主は
御心に適う者への報酬を豊かにされ
また控えられる。かれはそのしもべに関し
本当に全知にして全視であられる。
17-31.貧困を恐れてあなたがたの子女を殺してはならない。われはかれらとあなたがたのために給養する。かれらを殺すのは
本当に大罪である。
17-32.私通(の危険)に近付いてはならない。それは醜行である。憎むべき道である。
17-33.正当な理由による以外は
アッラーが尊いものとされた生命を奪ってはならない。誰でも不当に殺害されたならば
われはその相続者に賠償または報復を求める権利を与える。殺害に関して法を越えさせてはならない。本当にかれは(法によって)救護されているのである。
17-34.孤児が力量(ある年齢)に達するまでは
最善(の管理)をなすための外
かれの財産に近付いてはならない。約束を果たしなさい。凡ての約束は
(審判の日)尋問されるのである。
17-35.それからあなたがたが計量する時は
(買い手のために)その量を十分にしなさい。また正しい秤で計りなさい。それは立派であり
その方が結果として最良になる。
17-36.またあなたは
自分の知識のないことに従ってはならない。本当に聴覚
視覚
また心の働きの凡てが(審判の日において)尋問されるであろう。
17-37.また横柄に地上を歩いてはならない。あなたがたは大地を裂くことも出来ず
また(背丈が)山の高さにもなれない。
17-38.これらの凡ては悪事で
あなたの主は
これを憎まれる。
17-39.これらは
主があなたに啓示された英知である。アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。そうでないと恥辱を受け(慈悲を)拒否され地獄に投げ込まれるであろう。
17-40.(多神教徒よ)主は男児をあなたがたに授け
(御自分は)天使の中から女児を取られたとするのか。本当にあなたがたは由々しき言葉を口にする者である。
17-41.本当にわれはこのクルアーンで
かれらを戒しめるために繰り返し説いた。しかしそれは
只かれらの(真理からの)離反を加えるだけであった。
17-42.言ってやるがいい。「もしかれらの言うように
アッラーの外に(外の)神があるならば
それらは必ず玉座の主への道を熱望したであろう。」
17-43.かれに讃えあれ
かれはかれらが唱えるものの上に高くおられる。崇高にして偉大な御方であられる。
17-44.7つの天と大地
またその間にある凡てのものは
かれを讃える。何ものも
かれを讃えて唱念しないものはない。だがあなたがたは
それらが如何に唱念しているかを理解しない。本当にかれは忍耐強く寛容であられる。
17-45.あなたがクルアーンを読唱する時
われはあなたと来世を信じない者との間に
見えない幕を垂れる。
17-46.またわれは
かれらがそれを理解しないように
その心に覆いを掛け
耳を鈍くした。それであなたがクルアーンの中で
あなたの主
かれだけを語る時
かれらは(真理を)嫌って背を向ける。
17-47.われは
かれらが聞きに来る時どんな(考え)であなたに聞くかを知っている。そしてかれらが密に話合う時
不義の徒は
「あなたがたは
只憑かれた一人の人間に
従っているに過ぎないのです。」と言う。
17-48.かれらがあなたに対し
どんな例を挙げるかを見るがいい。かれらは迷い去っている。決して道を見い出せないであろう。
17-49.かれらは言う。「わたしたちが骨になり砕けた土になった後
本当に新たな生き物として甦るのでしょうか。」
17-50.言ってやるがいい。「あなたがたが石になり
また鉄になっても
17-51.またあなたがたの胸の中で考えられるものでも。」その時
「誰がわたしたちを甦らせるのでしょうか。」と言う。言ってやるがいい。「最初にあなたがたを創られた方である。」それでかれらはあなたに向って頭を振り
「それは何時でしょうか。」と言う。言ってやるがいい。「それは恐らく近いであろう。
17-52.その日かれは
あなたがたを呼び出される。その時あなたがたは答え
かれを讃える。またあなたがたが(墓の中に)留まったのは
片時に過ぎないと思うであろう。」
17-53.われのしもべに告げなさい。「かれら(ムスリム)は何事でも最も丁重に物を言いなさい。」悪魔は
かれら(不信者)との間に(紛争の)種を蒔く。本当に悪魔は人間の公然の敵である。
17-54.あなたの主は
よくあなたを知っておられる。もしかれの御心ならば
あなたがたに慈悲を与えられ
またかれの御心ならば罰される。われは
かれら(不信者)のための後見人として
あなたを遣わしたのではない。
17-55.あなたの主は
天と地にある凡てのことを最もよく知っておられる。われは預言者たちの中のある者に
外の者以上の恵みを施し
またダーウードには詩篇を授けた。
17-56.言ってやるがいい。「かれを差し置いて
あなたがたが考えている(神々)を呼ベ。かれらはあなたがたから災厄を除く力もなく
またそれを変えることも出来ない。」
17-57.誰が最もアッラーの喜びに近づけるのか
かれらが祈っているものたちでさえ
かれの慈悲を待望し
懲罰を恐れている。本当に主の懲罰こそ
用心すべきである。
17-58.如何なる町でも
われは審判の日以前にそれを滅ぼし
または痛烈な刑で処罰する。それは
(わが不滅の)啓典に印されている。
17-59.われが印を下すことを控えるのは
昔の民がそれを偽りであるとしたからに外ならない。われは以前サムードに
明らかな印の雌ラクダを授けたが
かれらはそれを迫害した。われが印を下すのは
只畏れの念を抱かせるために外ならない。
17-60.われが以前あなたに向かって
「あなたの主は本当に人間を取り囲まれる。」と言った時を思いなさい。われがあなたに見せたものは
人びとに対する一つの試みに過ぎなかった。またクルアーンの中で呪われたあの木も(そうである)。われは畏れ(や警告)を与えるのだが
かれらは只大逆を増すばかりである。
17-61.われが天使たちに
「アーダムにサジダしなさい。」と告げた時を思え。その時イブリース以外はサジダした。かれは言った。「あなたが泥で創られた者に
どうしてサジダしましょうか。」と言った。
17-62.かれは(また)
「あなたは御考えになりませんか
あなたはこの者をわたしよりも重視されます。だがもし復活の日まで
わたしに猶予を下さるなら
僅かの者を除き
かれの子孫を必ずわたしの配下に致しましょう。」と言った。
17-63.かれは仰せられた。「去れ。もしかれらの中あなたに従う者があれば
本当に地獄こそあなたがた(一味)への応報
十分な応報である。
17-64.あなたの(魅惑的な)声でかれらの中の出来る限りの者を動揺させ
あなたの騎兵や歩兵でかれらを攻撃しなさい。かれらの財産や子供つくりに協力し
うまそうな約束を結ベ。」だが悪魔の約束は
欺瞞に過ぎない。
17-65.「あなたは
われのしもベに対して何の権威も持たない。」あなたの主は
信頼する方として万全である。
17-66.主こそは船をあなたがたのため海に航行させ
かれの恩恵を求めさせる方である。本当にかれは
あなたがたに対しいつも慈悲深くあられる。
17-67.あなたがたが海上で災難にあうと
かれ以外にあなたがたが祈るものは見捨てる。だがかれが陸に救って下さると
あなたがたは背き去る。人間はいつも恩を忘れる。
17-68.あなたがたは
かれが地の果てであなたがたを呑み込まれないと安心出来るのか。またあなたがたに対して
(砂石の雨を伴う)旋風を送られないと。その時あなたがたのためには保護者はいないのである。
17-69.または
かれが再びあなたがたをそれ(海上)に戻らせ
あなたがたが恩を忘れたために風を起こし暴風を送り
溺れさせないと安心出来るのか。その時あなたがたは
われに反抗する救助者を発見することは出来ないのである。
17-70.われはアーダムの子孫を重んじて海陸にかれらを運び
また種々の良い(暮らし向きのための)ものを支給し
またわれが創造した多くの優れたものの上に
かれらを優越させたのである。
17-71.その日われは凡ての人間を
その導師と共に(審判のため)召集する。右手に自分の記録を渡される者は
(喜びと満足をもって)その記録を読む。かれらは少しも不当に遇せられないであろう。
17-72.しかし現世でこれを見られなかった者は
来世でも見られないであろう。そしてますます道から迷い去る。
17-73.かれらは
われがあなたに啓示したものからあなたを扇動して背かせようとし
別のものをわれに対して捏造させようとしている。そのとおりにした場合
かれらはあなたを仲間にしたであろう。
17-74.もしわれがあなたを確りさせていなかったならば
先にあなたはかれらに少し傾きかけていた。
17-75.その場合われはあなたの(この世の)生活で2倍
また死んでから(来世で)2倍の(懲罰)を味わわせ
あなたはわれに対し援助者を見い出せないであろう。
17-76.かれらはあなたをこの地(マッカ)から追放しようとして
凡んど居住に耐えられないようにしている。だがそうなれば
あなたの後かれらも
暫時の外(そこに)留まれないであろう。
17-77.あなた以前に遣わした使徒たちに対する(わが)慣行は(皆
こう)であった。あなたはわが慣行に変化を見い出すことは出来ない。
17-78.太陽が(中天を過ぎ)傾く時から夜のとばりが降りるまで
礼拝の務めを守り
また暁には礼拝をしなさい。本当に暁の礼拝には立会人がいる。
17-79.また夜の或る時間を起きて礼拝を務めれば
あなたのために余分の賜物があろう。主はあなたを
光栄ある地位に就かせて下される。
17-80.(祈って)言え
「主よ
わたしを正しい入り方で入らせ
また正しい出方で出させ
あなたの御許から
助けとなる権威をわたしに授けて下さい。」
17-81.言え
「(今や)真理は下り
虚偽は消え去りました。本当に虚偽は常に消える定めにあります。」
17-82.われが(段階を追って)クルアーンで下したものは
信者にとっては(精神的な)癒しであり慈悲である。だが不義の徒にとっては只損失の種である。
17-83.われが恩恵を施せば
かれは背き去って遠ざかり
災厄が襲えば
絶望してしまう。
17-84.言ってやるがいい。「各人は自分の仕方によって行動する。だがあなたがたの主は
誰が正しく導かれた者であるかを最もよく知っておられる。」
17-85.かれらは聖霊に就いてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。「聖霊は主の命令によ(って来)る。(人びとよ)あなたがたの授かった知識は微少に過ぎない。」
17-86.かれがもし望むならば
あなたに啓示したものを取り上げることも出来る。その時それに就いて
われに逆らってあなたを弁護する者を見い出さないであろう。
17-87.只あなたの主からの慈悲は別で。あなたに対するかれの恩恵は
本当に広大である。
17-88.言ってやるがいい。「仮令人間とジンが一緒になって
このクルアーンと同じようなものを齎そうと協力しても
(到底)このようなものを齎すことは出来ない。」
17-89.われはクルアーンの中で
種々の比喩を挙げて人びとに説明した。それでも人びとの多くは
不信心一筋に(その受け入れを)拒否する。
17-90.かれらは言う。「わたしたちのために
あなたが地から泉を涌き出させるまでは
あなたを信じないであろう。
17-91.またはあなたがナツメヤシやブドウの園を所有し
その間を通って豊かに川を流れさすまでは。
17-92.またはあなたが(あり得ると)言明したように
大空を粉ごなにしてわたしたちに落すまで。またアッラーそして天使たちを
(わたしたちの)面前に連れて来るまで。
17-93.またはあなたが
黄金(の装飾)の家を持ち
(梯子を踏んで)天に登るまでは。いや
わたしたちに読める啓典を持って下るまで
あなたの昇天をも信じないであろう。」言ってやるがいい。「主に讃えあれ
わたしは使徒として(遣わされた)一人の人間に過ぎないではないか。」
17-94.導きがかれらに下された時
人びとの信心を妨げたのは
かれらが
「アッラーは(わたしたちと同じ)一人の人間を
使徒として遣わされたのか。」と言った(こと)に外ならない。
17-95.言ってやるがいい。「もし地上を悠々と往き来しているのが天使なら
われはきっと一天使を使徒として
天からかれらに遣わしたことであろう。」
17-96.言ってやるがいい。「アッラーは
わたしとあなたがたとの間の立証者として万全であられる。本当にかれは
そのしもべたちを知り尽くし
見ておられる方である。」
17-97.アッラーの導かれる者こそ
導かれた者である。だがかれが迷うに任せた者に対しては
かれの外には決して保護者がないことを
あなたは知るであろう。われは復活の日に
かれらの顔を俯けにして召集する。見えない者
物言えない者
聞こえない者として。かれらの住まいは地獄である。そして(火勢が)衰える度にわれはかれらのために烈火を加える。
17-98.これはかれらが
わが印を信じない応報である。かれらはまた言う。「わたしたちが骨と砕けた土になった後
本当に新たな生き者として甦るのでしょうか。」
17-99.かれらは
天と地を創造されたアッラーが
かれらと同じようなものを
創ることが出来るのが分らないのか。またかれらのために
かれは一期限を定められた。それに疑いの余地はないのである。それでも不義の徒は
不信心一筋に(その受け入れを)拒否する。
17-100.言ってやるがいい。「仮令わたしの主の慈悲の宝物があなたがたの手中にあっても
それを費やすことを恐れて
あなたがたは必ず仕舞込むことであろう。」人間は常に吝嗇である。
17-101.本当にわれはムーサーに9つの明証を授けた。イスラエルの子孫に聞け
かれ(ムーサー)がかれらのもとに来た時フィルアウンは
「ムーサーよ
わたしはあなたを憑かれた者であると思う。」と言った。
17-102.かれは言った。「あなたはこれら(印)を
証拠として下された方が
天と地の主に外ならないことを知っています。フィルアウンよ
本当にあなたは破滅する運命にあるとわたしは考えます。」
17-103.そこでかれ(フィルアウン)はかれらを国外に追放しようとした。だがわれはかれ(フィルアウン)そしてかれに従う者を
一斉に溺れさせた。
17-104.われはその後
イスラエルの子孫たちに言った。「この地に住み着きなさい。だが来世の約束が来る時
われはあなたがたを烏合の衆にするであろう。」
17-105.われはこの(クルアーン)を真理をもって下したので
それは真理によって下った。そしてわれは
吉報の伝達者
または警告者としてあなたを遣わしただけである。
17-106.(これは)われが分割(して啓示)したクルアーンであり
あなた(預言者)にゆっくりと人びとに読唱するために
必要に応じてこれを啓示した。
17-107.言ってやるがいい。「あなたがたがこの(クルアーン)を信じても
また信じなくても
以前に知識を与えられた者たちは
読誦を耳にすると
必ずその顔を伏せてサジダする。
17-108.そして(祈って)
『わたしたちの主の栄光を讃えます。本当に主の御約束は果たされました。』と言う。」
17-109.かれらは涙を流して顔を地に伏せ
謙譲の誠を募らせる。〔サジダ〕
17-110.言ってやるがいい。「アッラーに祈れ。慈悲深い御方に祈りなさい。どの御名でかれに祈ろうとも
最も美しい御名は
凡てかれに属する。」礼拝の折には
声高に唱えてはならない。また(余り)低く唱えてもいけない。その中間の道をとれ。
17-111.また言ってやるがいい。「アッラーに讃えあれ。かれは子を持たれない御方。また(かれの)大権には共有者もない御方。また(かれは)不面目な支援者(それは被創造物だから)を持たない御方であられる。(アッラーは完全自足者であられる)。」かれの偉大さ(栄光)を讃えなさい。
アヴェ・ヴェルム・コルプス (お話です) 2 ユダヤ教についてとイスラエルの歴史についてとキリスト教とユダヤ教の歴史について タルムード ユダヤ教の聖典は『旧約聖書』ですが、冒頭の5書、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」は特に重要とされ「モーセ五書」または「トーラー」(律法)と呼ばれます。さらに、モーセが神から授けられた法で、成文におこされずに口伝で伝えられたものがあり、この口伝は3世紀頃に文書におこされ「ミシュナー」と呼ばています。このミシュナーと、ミシュナーをラビが解釈した「ゲマラ」から作成された日常生活の規範と、時代時代に対応した生きざまを記したものがタルムードです。 タルムードは、6部構成、63編から成る文書群で、現代のユダヤ教の主要教派のほとんどが聖典として認めており、ユダヤ教徒の生活、信仰の基となっているといわるものです。 ■ ユダヤ王は真の世界の法王、世界にまたがる教会の総大司教となる。だが、一方で、われわれが青年層を過渡期の新しい伝統の宗教に、後にはわれわれの宗教で再教育する間、われわれは明らさまには既存の教会には指一本触れないけれども、教会内部の軋轢を目ざし批判を加えて宗教人と闘う。その場合、一般的には、われわれの現代社会はゴイムの国家問題、宗教、ゴイムの無能さを断罪し続けるが、常に、わが民天与の才能を振い、あらゆる手段を駆使してかれらの威信を剥奪すべく、罵詈雑言を浴びせ百方中傷する。<十七> ■ 重ねて述べるが、臣民は自分たちとは絶対的にかけ離れた力強い手に対しては、盲目的に服従する。彼らはそこに自分たちを襲う社会的な鞭から守ってくれる防御の剣を感じて支持するのである……彼らは王者に天使の心を期待するのか? 彼らが王者に見たいのは力、力、力の権化なのである。<二十三> ■ ダヴィデ王の子孫のうちの数人が、相続権ではなく優れた資質を基準にして王と後継者を選定する。その人々には、政治の最高機密と政府の仕組とが伝授されるが、常に何びとにも極秘の知恵が漏れないように留意する。この方式の真意は、このような秘義を授けられたことがない者には、政府を委すことはできないということを徹底させることにある。これらの人々にのみ、何世紀にもわたる諸経験と比較しつつ、私がこれまでに述べたような計画の実際化や、政治経済運動や社会科学研究の全成果-一言で言えば、人間関係を律する動かしがたい天然法則の大真理-が伝授される。<二十四> ■ たとえ残忍であったとしても無条件に断固たる人物にのみ、われらの賢人長老たちから支配統治の手綱を渡されるのである。……通常の時間における王の行動計画と将来に関することはすべて、最も親しい助言者たちにも知らされない。王と三人の顧問のみが、将来の計画を知っている。断乎とした意志で自分と人類を律する王の人柄には、万人が神秘の宿命を認めるのである。何びとも王が何を行おうとしているのかを知らぬので、あえて知らぬ小路を遮ろうとする者はいない。王の頭の中には実行すべき政府計画を理解するに足りる知恵が貯えられていなければならない。王位に就く前に、前に述べた賢人長老たちが試験を行うのは、そのためである。<二十四> ■ ユダヤ王は自分の感情、とりわけ情欲のとりこになってはならない。王は自分の人格のどの一面でも、荒々しい本能に精神をしのがせることがあってはならぬ。情欲はいかなる精神的な欠点よりも、明晰に見る力を殺ぎ、思考を人間の性質中最悪の獣的なものに落とし込む。ダヴィデの聖なる子孫である全世界統治王その人は、人類の支柱であり、人民のためにはいかなる個人的希望をも犠牲にしなければならない。われらが至高の王は完全無欠の権化でなければならない。<二十四> ■ あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。(申命記、七章六) ■ 主はあなたの意のままにあしらわせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。 (申命記、七章二)。 ■ 世界はただイスラエル人の為にのみ創造されたるなり。イスラエル人は実にして、他の民は空なる殻皮のみ。従ってイスラエルの他に民族なし。彼らはことごとく空皮に過ぎざればなり。<イェシャヤ法師> ■ 神言い給う、我は我が予言者を畜獣に過ぎざる偶像崇拜の徒の為に遣わしたるにあらず。人間なるイスラエル人の為に遣わしたるなり。(ミトラシュ・コヘレート) ■ 人間の獣に優れる如く、ユダヤ人は他の諸民族に優れるものなり。<アブラハム・ゼバ法師>
投稿者: 有馬徳彦
投稿日時:2012-05-31 12:43:35.0
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アヴェ・ヴェルム・コルプス
(お話です)
2
ユダヤ教についてと
イスラエルの歴史についてと
キリスト教とユダヤ教の歴史について
タルムード
ユダヤ教の聖典は『旧約聖書』ですが
冒頭の5書
「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」は特に重要とされ「モーセ五書」または「トーラー」(律法)と呼ばれます。さらに
モーセが神から授けられた法で
成文におこされずに口伝で伝えられたものがあり
この口伝は3世紀頃に文書におこされ「ミシュナー」と呼ばています。このミシュナーと
ミシュナーをラビが解釈した「ゲマラ」から作成された日常生活の規範と
時代時代に対応した生きざまを記したものがタルムードです。
タルムードは
6部構成
63編から成る文書群で
現代のユダヤ教の主要教派のほとんどが聖典として認めており
ユダヤ教徒の生活
信仰の基となっているといわるものです。
■
ユダヤ王は真の世界の法王
世界にまたがる教会の総大司教となる。だが
一方で
われわれが青年層を過渡期の新しい伝統の宗教に
後にはわれわれの宗教で再教育する間
われわれは明らさまには既存の教会には指一本触れないけれども
教会内部の軋轢を目ざし批判を加えて宗教人と闘う。その場合
一般的には
われわれの現代社会はゴイムの国家問題
宗教
ゴイムの無能さを断罪し続けるが
常に
わが民天与の才能を振い
あらゆる手段を駆使してかれらの威信を剥奪すべく
罵詈雑言を浴びせ百方中傷する。<十七>
■
重ねて述べるが
臣民は自分たちとは絶対的にかけ離れた力強い手に対しては
盲目的に服従する。彼らはそこに自分たちを襲う社会的な鞭から守ってくれる防御の剣を感じて支持するのである……彼らは王者に天使の心を期待するのか?
彼らが王者に見たいのは力
力
力の権化なのである。<二十三>
■
ダヴィデ王の子孫のうちの数人が
相続権ではなく優れた資質を基準にして王と後継者を選定する。その人々には
政治の最高機密と政府の仕組とが伝授されるが
常に何びとにも極秘の知恵が漏れないように留意する。この方式の真意は
このような秘義を授けられたことがない者には
政府を委すことはできないということを徹底させることにある。これらの人々にのみ
何世紀にもわたる諸経験と比較しつつ
私がこれまでに述べたような計画の実際化や
政治経済運動や社会科学研究の全成果-一言で言えば
人間関係を律する動かしがたい天然法則の大真理-が伝授される。<二十四>
■
たとえ残忍であったとしても無条件に断固たる人物にのみ
われらの賢人長老たちから支配統治の手綱を渡されるのである。……通常の時間における王の行動計画と将来に関することはすべて
最も親しい助言者たちにも知らされない。王と三人の顧問のみが
将来の計画を知っている。断乎とした意志で自分と人類を律する王の人柄には
万人が神秘の宿命を認めるのである。何びとも王が何を行おうとしているのかを知らぬので
あえて知らぬ小路を遮ろうとする者はいない。王の頭の中には実行すべき政府計画を理解するに足りる知恵が貯えられていなければならない。王位に就く前に
前に述べた賢人長老たちが試験を行うのは
そのためである。<二十四>
■
ユダヤ王は自分の感情
とりわけ情欲のとりこになってはならない。王は自分の人格のどの一面でも
荒々しい本能に精神をしのがせることがあってはならぬ。情欲はいかなる精神的な欠点よりも
明晰に見る力を殺ぎ
思考を人間の性質中最悪の獣的なものに落とし込む。ダヴィデの聖なる子孫である全世界統治王その人は
人類の支柱であり
人民のためにはいかなる個人的希望をも犠牲にしなければならない。われらが至高の王は完全無欠の権化でなければならない。<二十四>
■
あなたは
あなたの神
主の聖なる民である。あなたの神
主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び
御自分の宝の民とされた。(申命記
七章六)
■
主はあなたの意のままにあしらわせ
あなたが彼らを撃つときは
彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず
彼らを憐れんではならない。
(申命記
七章二)。
■
世界はただイスラエル人の為にのみ創造されたるなり。イスラエル人は実にして
他の民は空なる殻皮のみ。従ってイスラエルの他に民族なし。彼らはことごとく空皮に過ぎざればなり。<イェシャヤ法師>
■
神言い給う
我は我が予言者を畜獣に過ぎざる偶像崇拜の徒の為に遣わしたるにあらず。人間なるイスラエル人の為に遣わしたるなり。(ミトラシュ・コヘレート)
■
人間の獣に優れる如く
ユダヤ人は他の諸民族に優れるものなり。<アブラハム・ゼバ法師>
■
もしイスラエル人無かりせば
この世に幸福なかりしならん。これ申命記二八の八に記されたる如し。またイスラエル人無かりせば
天の諸星も昇らざるべし。これエレミヤ記三三の三五に記されたる如し。また地の上に雨の降る事なかるべし。これ申命記二八の一二に記されたる如し。<シメオン・ハダルサン法師>
■
選ばれたる民のみ永遠の生命を受くるにふさわしく
他の国人はロバに等し。<アバルバネル法師>
■
「汝は主なる汝の神が汝に与え給いしすべての民を喰い尽くさん」との文句(申命記七ノ十六)は
今は亡き吾等の教法師達により次の如く解せられたり。すなわち
すべての民を喰い尽くし
すべての民より掠奪することは
彼らすべてが吾等の権力下に置かれる時に始まるべし
と。<ベハイ法師>
■
神はユダヤ人にすべての方法を用い
詐欺
強力
高利貸
窃盗によってキリスト教徒の財産を奪取することを命ずる。(オルディン一
トラクト一
ディスト四)
■
吾々はタルムードがモーゼの律法書に対して絶対的優越性を有することを認むるものなり。(イスラエル文庫
一八六四年)
■
律法(聖書)は多少とも重要ではあるが
長老方が聖典に記された言葉は常に重要である。
■
掟の言葉より法師の言葉を敬え。<アシ法師>
■
汝知るべし
法師の言葉は予言者の言葉より美し
と。<アシ法師>
■
教法師の言葉は
生ける神の言葉なり。<ベハイ法師>
■
教法師の日常の言辞も
誡律同様に重んずべきなり。(ヴェネツィア版ミトラシュ
一五一六年版)
■
もし法師
汝の右の手を左の手と言ひ
左の手を右の手と言ふとも
彼の言葉に違ふべからず。<アシ法師>
■
タルムードの決定は
生ける神の言葉である。エホバも天国で問題が起きたときは
現世のラビに意見を聞き給う。(ラビ・メナヘン
第五書の注解)
■
法師の言葉を嘲る者は
地獄の煮え立つ糞の中にて罰せらるべし。<アシェル法師>
■
ラビの言葉に背くことはトーラーに背くことよりも
さらに悪い。(ミズナ
サンヘドリン
十の三)。
■
ラビの言葉を変える者は死罪に処すべきである。(エルビン
二一のb)
■
トーラを学ぶゴイは死罪に当る者なり。<モシェー・バル・マエモン>
■
なんじらは人類であるが
世界の他の国民は人類にあらずして獣類である。(ババ・メチア
一四六の六)。
■
汝等イスラエル人は人間なれど
他の民族は人間に非ず。彼らの魂穢れし霊より出でたればなり。<メナヘム・ベン・シラ法師>
■
イスラエル人は人間と呼ばる。しかれども偶像礼拝者は汚れし霊より出でしものなれば
豚と呼ばるるなり。<ロイベン法師>
■
イスラエル人はアダム(人間)と呼ばれん。然れど他の諸族はアダムと呼ばるることなし。<アブラハム・ゼバ法師>
■
悪魔と世界の諸民族とは
畜獣に数えらるべきなり。<ナフタリ法師>
■
犬は異邦人より勝れたるものなり。<アシ法師>
■
聖書に「隣人」と記されたる個処はいづれも非ユダヤ人を含まざるなり。(「シュルハン・アルフ」の注釈書より)
■
レビ記十九章十一節には
汝は汝の隣人に不法を為すべからず
と記されたり。この文句は
ゴイ(非ユダヤ人)がその中に含まれ居らざる事を明白に示すものなり。
■
ゴイが住んでいる家を見て
人はこう言った。〝神は傲慢の家を亡ぼすだろう〟。そして家々が亡ぼされたのを見て人は言った。〝復讐の神が顕現されたのだ〟(バビロニアン・タルムード
ベラチョット
五八の六)。
■
汝殺すなかれ
との掟は
イスラエル人を殺すなかれ
との意なり。ゴイ
ノアの子等
異教徒はイスラエル人にあらず。<モシェー・バル・マエモン>
■
神はイスラエル人を審くには立ちてなし
尋問も簡単にして速かなり。世の諸民族を審く時は座して
厳格に長々と取調べをなす。<ラバ・バル・ナハマニ法師>
■
「世界はただイスラエル人のみの為に造られたり。」この文句は極めて明瞭なれど
人々はこれをなおよく熟考し
また味うべきなり。イスラエル人に掟の与えられし時
イスラエル人はその掟によりて種々の美点をことごとく保持せしが
他の民は掟を受入れざりしによりこれらの美点を全く有せざるなり。<アブラハム・ゼバ法師>
■
イスラエル人は
他のすべての民に対し優越する者なり
他の諸族の中には賢く利き者唯一人も居らざるに
イスラエル人にあっては全部が特に賢く利き人間なり。
<アブラハム・ゼバ法師>
■
一人のイスラエル人の魂は神の前において他の民族全部の魂より価値多く
また神によって悦ばるるところのものなり。<シェフテル・ホルヴィッツ法師>
■
ゴイがゴイもしくはユダヤ人を殺した場合は責めを負わねばならぬが
ユダヤ人がゴイを殺すも責めは負わず。(前掲書
Ⅷの五)
■
悪しき者(非ユダヤ人)を憐むことは
正しき者(ユダヤ人)に相応わしからぬなり。<ゲルソン法師>
■
ゴイに金を貸す時は必ず高利を以てすべし。<モシェー・バル・マエモン>
■
拾得物を紛失者に返却すべしとの戒は
ユダヤ人に対してのみ守らるべきものにして
ゴイに対しては然らず。この事に就き亡き吾等の教法師達の言えるあり。即ち
「遺失物とはすべて汝の兄弟の失いしところの物を指すものにして
ゴイの失える物は然らず。その理由は
ゴイは神に属する者に非ずして
地の邪神に属する者なる故なり。故にゴイの失える総べての物は
この世にては再び見付けらるる事なき遺失物にして
その所有者に還るべきにあらず。財宝は唯イスラエル人にふさわしく
他の民はこれに値いせざるものなればなり。これ預言者イザヤ(二六ノ一九)の言えるが如し」と。<ゲルソン法師>
■
ゴイの耳は不潔である。かれらの浴槽
住居
田園は不潔である。(トセフタ・ミクワト
vの一)
■
九歳と一日以上のゴイの少年と
三歳と一日以上の少女は
不潔とみなされる。(パーフォコヴィッツ
タルムード
t・v
一一頁)
■
他民族の有する所有物はすべてユダヤ民族に属すべきものである。ゆえになんらの遠慮なくこれをユダヤ民族の手に収むること差し支えなし。(シュルハンアルクのショッツェン・ハミッバッド三百四十八)
■
ゴイがゴイまたはユダヤ人を殺した場合には
その責任を負うべきであるが
ユダヤ人がゴイを殺した場合には責任を負うべきものでない。(トセフタ
アブダ・ザラ八の五)
■
〝盗賊〟という言葉の解釈。ゴイは
ゴイからであろうとユダヤ人からであろうと
盗むこと奪うこと女奴隷を使うことは禁じられる。だがユダヤ人はゴイに禁じられているこれらのすべてのことを為しても禁じられない。(トセフタ
アボダ・ザラ
Ⅷの五)。
■
すべてのイスラエル人は一定の法式により動物及び動物視されている非ユダヤ人を屠ることを許さる。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
ユダヤ女を求め得る場合には
異邦女の乳を幼児に吸わしむべからず。異邦女の乳は心眼を閉ざし
悪しき性格を形成するが故なり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
偶像礼拝に帰依せる非ユダヤ人及び賎しき牧人はこれを殺すことを許さず。されど彼らが危険に面しまた死に瀕せりとて彼らを救うことは許されず。例えば彼らの一人水に落ちたる時
報酬ある場合といえども彼を救い上ぐるべからず。また彼らを瀕死の病よりも癒すべからず・・・報酬ある場合といえども。しかれども吾等と彼らの間に敵意の生ずるを防止する為ならば
報酬無き場合にも彼らを救出し
また癒すことを許さる。しかれども偶像を拝む者
罪を犯す者
掟と預言者を否む者は
これを殺すべし。しかして公然と殺すを得ば
その如くなせ。しかするを得ざる場合には
彼らの死を促進せよ。例えば彼らの一人井戸に落ちたる時
その井戸に梯子あらば
これを取去り
直ちに再び持来るべしとの遁辞を用い
かくすることにより落ちたる者の身を救い得べき道を奪うべし。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
非ユダヤ人の証人たるところの証書はすべて無効なり。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
成人せる非ユダヤ人奴隷は
牧者なき家畜の如し。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
すべてゴイは月經時の子にして
根絶さるべきものなり。<ベハイ法師>
■
キリスト教徒は異教徒なり。<アバルバネル法師>
■
改宗してユダヤ人となれる者は
同様にユダヤ教に改宗せるその母あるいは伯母と婚姻するも差支えなし。改宗者は新たに生れたる者と見なされ得る故なり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
二十四項の罪あり。これに触るる者は除名さる。例えば第八項
その地所を非ユダヤ人に売りたる者
第九項
非ユダヤ人法廷においてその隣人(即ちイスラエル人)に対し不当なる証言を為せる者
等。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
非ユダヤ人及び奴隷も証言を為す資格なし。敵・混血児・裏切者・自由思想家・変節者(背教者)
キリスト教の洗礼を受けたる者はゴイ(非ユダヤ人)より更に悪しければ
同じく証言を為すを得ず。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
他の宗教に改宗したる者は
盗賊になりたると等し。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
汝知るべし
イエスの教に従いて迷えるキリスト教諸国民は
その信仰には種々あれども
ことごとく偶像礼拝者なり。故に彼らは偶像礼拝者相応に扱わるべし。これタルムードの説くところなり。<モシェー・バル・マエモン>
■
決して偶像礼拝者と事を共にするなかれ。また彼らを憫むべからず。その故は
申命記七章二節にその如く記されたればなり。故に非ユダヤ人が生命の危険に瀕するか
あるいは河に溺るるを見るとも
これを救助することは許されず。<モシェー・バル・マエモン>
■
偽善はこの世においては許さる。すなわち
背神者に対し慇懃になし
彼らを敬い
彼らに向いて「我汝を愛す]と言うもよし。すなわち
必要上止むを得ざる場合
恐怖に駆られたる場合は然り。<ベハイ法師>
■
すべてこれらの条項(三十箇条のユダヤ信仰箇條)を信ぜざる者は異教徒なり。故にかかる者を憎むは吾等の義務にして
彼を賎しみ
出来得べくんばその亡ぼし
また根絶するは当然の事なり。<アバルバネル法師>
■
他の諸族はイスラエル人と同じ姿を有すれども
真の人間に比ぶれは模造に過ぎず。彼らは
ダニエル書四の十四・十七に記されたる如く
劣等なる種類の人間なり。これに対しイスラエル人はアダム(人間)なる語の真の意味における高き価値ある人間にして
この故にまた単に人間とも呼ばるるなり。<シメオン・ハダルサン法師>
■
偶像礼拝者は畜獣と呼ばるべきものにしてただ最広義においてのみ人間と呼ばれ得るに過ぎず。<ロイベン法師>
■
非ユダヤ人はイスラエル人の財産に対し所有権を有せず。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
ゴイの財産は主なき物品のごとし。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
一一六の五)。
■
ゴイの土地は荒野のごとし。最初に鍬を入れた者に所有権が帰する。(ババ・バトラ
一四のb)。
■
ユダヤ人はゴイから奪ってよい。ユダヤ人はゴイから金を騙しとってよい。ゴイは金を持つべきではなく
持てば神の名において不名誉となるだろう。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
三四八)
■
ノアの息子は小銭たりとも盗めば死罪に処せらるべきであるが
イスラエル人がゴイに損害を負わせることは差支えなし。なんじの隣人を傷つけるなかれとは書いてあるが
ゴイを傷つけるなかれとは書かれていない。(ミズナ
サンヘドリン
五七)。
■
ゴイの失せ物を見付けた者は自分の所有にしてはならないが
ゴイに返すことは禁じられている。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
二六六の一)。
■
ユダヤ人はユダヤ同族より利子を取るべからず。唯アクムよりのみこれを取るべし。しかしてかかる取引は使者をしてこれをなさしむべし。使者ならば
かく為しても
罪を犯したるには非ずして
戒律もまた遵守されたるなり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
タルムードの誡において神は命じて曰く
ゴイに金を貸すには必ず高利を以てすべし
と。これ
彼らが借りたる金により利する事なからんため
かつまた
我らが金銭にて彼らに助力を与うることなく
むしろ損害を与えんがためなり。<モシェー・バル・マエモン>
■
非ユダヤ人より盗みたる物を用いて女と婚約するは差支えなし。(シュルハン・アルフ
第四巻救いの岩)
■
ゴイに向って誓いを立てた者は
盗賊であれ税吏であれ
責任を取らなくてよい。(トセフタ・スゼブノット
一一)
■
結婚
誓約
約束を取り消すには
ユダヤ人はラビの所に行かねばならぬが
ラビが不在の場合は
他のユダヤ人を三人呼び集め
かれらに残念ながら取り消すと言えばよい。そうすると三人は〝なんじは許された〟と言う。(シュルハン・アルーフ
二
一の二四七)
■
ゴイにわれらの信教を教える者は
ユダヤ人を殺すに等しい。もしもゴイがわれらの教説を知ったならば
かれらは公然とわれらを殺すだろう。(リブル・デヴィッドの書
三七)
■
律法の秘密を公にすることは禁ぜられる。これを破る者は全世界を葬るに等しい犯罪である。(ジャクトゥ・ハダズ
一七一の二)
■
ユダヤ人がラビの書物のどこかを説明してくれと頼まれたなら
ただただ嘘の説明をするべきであり
ほんとうのことを教えてこの指示を裏切る共犯者となってはならない。この律法を破る者は生かしておいてはならない。(リブル・デイヴィド
三七)
■
ゴイがわれらの書物には何かゴイを害することが書いてあるのではないかと聞いたら
偽りの誓いを立てなければならない。そして
そのようなことは誓って書いてないと言わなければならない。(ザーロット・ウザボット
ジュル・ダの書
一七)
■
タルムードを学ぶゴイ
それを助けるユダヤ人はことごとく生かしておいてはならない。(サンヘドリン
五九
ア・アボダ・ゾラ
八の六。ザギガ
一三)
■
神よ
あなたを信ずることなく
その御名を称えざる民どもの上に
あなたの怒りを注がしめ給わんことを。かかる民どもの上にあなたの怒りを下らしめ
あなたの怒りもて屈伏せしめ給え。かの民どもをあなたの怒りもて追い散らし
粉々に打ち砕き給え。おお神よ
かの民どもの骨をすべて抜き取り給え。あなたの民に敵対するものすべてを瞬時に殺傷し給え。これら存在の価値なき民どもを根絶
四散
殱滅し給え。誅殺し給え!
今ただちに誅殺し給え!(プラナイティス
クリスマス・イン・タルムード・ジュデオラム
『シナゴーガ・ジュダイカ』二一二頁
『ミンハギン』二三頁
『クラチ・シャイム』四八〇頁。過越祭の夕の祈りで現在も唱えられているもの)
■
(新年二日以前のもの)彼ら非ユダヤ人の評議を狂気をもって悩まし
その思想を乱し給え。彼らの君侯を狂気ならしめ
彼らが吾々になしし如く彼らになし給え。(「ユダヤ祈祷集」より)
■
何者かが三度ユダヤ人を裏切るか
もしくは(ユダヤ人の)金をゴイどもに渡したことが疑いない場合は
賢人会議はその男を放逐しなければならない。
■
裏切り者を放逐せんがために
何人も共同体に寄付をしなければならない。(前掲書)
■
涜神者(非ユダヤ人)の血を流す者は
神に生贄を捧ぐるに等しきなり。<シメオン・ハダルサン法師>
■
自由思想家及びトーラと預言者を否む者を殺すは掟なり。公然と刀剣を以て為し得る時は然かなすべし。もし然か為し得ずば
策計をめぐらして死に至らしむべし。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
トーラーを持たざる者と予言する者とを
すべて殺さなければならない。彼らを殺す力ある者は
剣あれば憚ることなく剣もて殺せ。剣なければ策略もて放逐せよ。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
四二五の五〇)。
■
キリスト教徒の中最も善き者を絞殺すべし。<アシ法師>
クルアーン
<特大>
第17章
イスラエル
(メッカ啓年)</特大>
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。
17-1.
かれに栄光あれ。そのしもべを
(マッカの)聖なるマスジドから
われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに
夜間
旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。
17-2.
われはムーサーに啓典を授け
イスラエルの子孫ヘの導きとさせ(命じ)た。「われの外に守護者を持ってはならない。」
17-3.
われがヌーフと一緒に(方舟で)運んだ者の子孫よ。本当にかれは感謝するしもベであった。
17-4.
またわれは啓典の中で
イスラエルの子孫に対しこう啓示を与えた。「あなたがたは必ず地上で2度悪を犯し
必ず甚だしく高慢に思いあがるであろう。」
17-5.
それで2つの中最初の時(預言)が来た時
われはしもべの中の武勇に富んだ者を
あなたがたに遣わし
かれらは家々の最も奥に入り
約束は成し遂げられた。
17-6.
次いでわれは
あなたがたがかれらに勝利を得るようにし
またあなたがたの財産と子女を増やして多くの人々とした。
17-7.
(そして仰せられた。)「もしあなたがたが善を行うなら
自分の身のために善を行うのであり
また悪を行っても
自分のため(に行うの)である。」それで2番目の時が来た時
あなたがたの顔は曇り
最初の時のように
かれらはマスジドに侵入し
凡てはかれらによって徹底して踏み躙られ壊滅に帰した。
17-8.
或るいは主もあなたがたに情けを与えるであろう。だがあなたがたが(罪を)繰り返すならば
われも(懲罰を)繰り返すであろう。われは不信者のために
地獄を牢獄として設けた。
17-9.
本当にこのクルアーンは
正しい(道への)導きであり
また善い行いをする信者への吉報である。かれらには偉大な報奨が授けられる。
17-10.
また来世を信じない者には
われはかれらのために痛ましい懲罰を準備した。
17-11.
人間の祈りは幸福のためであるべきなのに
かれは災厄のために祈る。凡そ人間はいつも性急である。
17-12.
われは夜と昼の2つの印を設け
夜の印を暗くした。だが昼の印は明るくして
あなたがたに(働いて)主の恩恵を祈らせ
また年数を知り
(暦法を)計算させる。われは凡てのことを詳細に説き明かした。
17-13.
一人ひとりに
われはその運命を首に結び付けた。そして復活の日には
(行いの)記録された一巻が突き付けられ
かれは開いて見る。
17-14.
(かれは仰せられよう。)「あなたがたの記録を読みなさい。今日こそは
あなた自身が自分の清算者である」
17-15.
誰でも導かれる者は
只自分の魂を益するために導かれ
また誰でも迷う者は
只自分を損うために迷う。重荷を負う者は
他人の重荷を負うことは出来ない。われは(警告のため)一人の使徒を遣わさない限り決して懲罰を下さない。
17-16.
われが一つの町を滅ぼそうとする時は
かれらの中で裕福に生活し
そこで罪を犯している者に(先ず)命令を下し
言葉(の真実)がかれらに確認されて
それからわれはそれを徹底的に壊滅する。
17-17.
ヌーフの後
如何に多くの世代を
われは滅ぼしたことであろうか。あなたの主は
そのしもべたちのいろいろな罪を知っておられ
見ておられる方として万全である。
17-18.
誰でも束の間(のこの世の事物)を望む者には
われも急いでかれのために
われの欲する物をわれが望む者に与える。それからかれのために地獄を準備する。かれはそこで焼かれ
恥辱を被り
(慈悲を)拒否されるであろう。
17-19.
しかし誰でも来世を望み
それに向かい精出し努力し
信仰する者
これらの者の努力は嘉納される。
17-20.
われは凡ての者に
これらの者にもまたかれらにも
あなたの主の賜物を広く授ける。あなたの主の賜物には限界はないのである。
17-21.
見なさい。われはある者に
如何に外よりも優れた恩恵を与えるかを。しかし来世では
必ずもっと大きい等級や偉大な特典がある。
17-22.
アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。さもないと
あなたがたは軽蔑され見捨てられるであろう。
17-23.
あなたの主は命じられる。かれの外何者をも崇拝してはならない。また両親に孝行しなさい。もし両親かまたそのどちらかが
あなたと一緒にいて老齢に達しても
かれらに「ちえっ」とか荒い言葉を使わず
親切な言葉で話しなさい。
17-24.
そして敬愛の情を込め
両親に対し謙虚に翼を低く垂れ(優しくし)て
「主よ
幼少の頃
わたしを愛育してくれたように
2人の上に御慈悲を御授け下さい。」と(祈りを)言うがいい。
17-25.
主はあなたがたの心の中に抱くことを熟知なされる。もしあなたがたが正しい行いをするならば
かれは悔悟して度々(主に)返る者に対し
本当に寛容である。
17-26.
近親者に
当然与えるべきものは与えなさい。また貧者や旅人にも。だが粗末に浪費してはならない。
17-27.
浪費者は本当に悪魔の兄弟である。悪魔は主に対し恩を忘れる。
17-28.
あなたは主からの慈悲を請い願うために
仮令かれらから遠ざかっていても
あなたはかれらに対し優しく語りなさい。
17-29.
あなたの手を
自分の首に縛り付けてはならない。また限界を越え極端に手を開き
恥辱を被り困窮に陥ってはならない。
17-30.
本当にあなたの主は
御心に適う者への報酬を豊かにされ
また控えられる。かれはそのしもべに関し
本当に全知にして全視であられる。
17-31.
貧困を恐れてあなたがたの子女を殺してはならない。われはかれらとあなたがたのために給養する。かれらを殺すのは
本当に大罪である。
17-32.
私通(の危険)に近付いてはならない。それは醜行である。憎むべき道である。
17-33.
正当な理由による以外は
アッラーが尊いものとされた生命を奪ってはならない。誰でも不当に殺害されたならば
われはその相続者に賠償または報復を求める権利を与える。殺害に関して法を越えさせてはならない。本当にかれは(法によって)救護されているのである。
17-34.
孤児が力量(ある年齢)に達するまでは
最善(の管理)をなすための外
かれの財産に近付いてはならない。約束を果たしなさい。凡ての約束は
(審判の日)尋問されるのである。
17-35.
それからあなたがたが計量する時は
(買い手のために)その量を十分にしなさい。また正しい秤で計りなさい。それは立派であり
その方が結果として最良になる。
17-36.
またあなたは
自分の知識のないことに従ってはならない。本当に聴覚
視覚
また心の働きの凡てが(審判の日において)尋問されるであろう。
17-37.
また横柄に地上を歩いてはならない。あなたがたは大地を裂くことも出来ず
また(背丈が)山の高さにもなれない。
17-38.
これらの凡ては悪事で
あなたの主は
これを憎まれる。
17-39.
これらは
主があなたに啓示された英知である。アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。そうでないと恥辱を受け(慈悲を)拒否され地獄に投げ込まれるであろう。
17-40.
(多神教徒よ)主は男児をあなたがたに授け
(御自分は)天使の中から女児を取られたとするのか。本当にあなたがたは由々しき言葉を口にする者である。
17-41.
本当にわれはこのクルアーンで
かれらを戒しめるために繰り返し説いた。しかしそれは
只かれらの(真理からの)離反を加えるだけであった。
アヴェ・ヴェルム・コルプス (お話です) 1 ユダヤ教についてと イスラエルの歴史についてと キリスト教とユダヤ教の歴史について タルムード ユダヤ教の聖典は『旧約聖書』ですが、冒頭の5書、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」は特に重要とされ「モーセ五書」または「トーラー」(律法)と呼ばれます。さらに、モーセが神から授けられた法で、成文におこされずに口伝で伝えられたものがあり、この口伝は3世紀頃に文書におこされ「ミシュナー」と呼ばています。このミシュナーと、ミシュナーをラビが解釈した「ゲマラ」から作成された日常生活の規範と、時代時代に対応した生きざまを記したものがタルムードです。 タルムードは、6部構成、63編から成る文書群で、現代のユダヤ教の主要教派のほとんどが聖典として認めており、ユダヤ教徒の生活、信仰の基となっているといわるものです。 ■ ユダヤ王は真の世界の法王、世界にまたがる教会の総大司教となる。だが、一方で、われわれが青年層を過渡期の新しい伝統の宗教に、後にはわれわれの宗教で再教育する間、われわれは明らさまには既存の教会には指一本触れないけれども、教会内部の軋轢を目ざし批判を加えて宗教人と闘う。その場合、一般的には、われわれの現代社会はゴイムの国家問題、宗教、ゴイムの無能さを断罪し続けるが、常に、わが民天与の才能を振い、あらゆる手段を駆使してかれらの威信を剥奪すべく、罵詈雑言を浴びせ百方中傷する。<十七> ■ 重ねて述べるが、臣民は自分たちとは絶対的にかけ離れた力強い手に対しては、盲目的に服従する。彼らはそこに自分たちを襲う社会的な鞭から守ってくれる防御の剣を感じて支持するのである……彼らは王者に天使の心を期待するのか? 彼らが王者に見たいのは力、力、力の権化なのである。<二十三> ■ ダヴィデ王の子孫のうちの数人が、相続権ではなく優れた資質を基準にして王と後継者を選定する。その人々には、政治の最高機密と政府の仕組とが伝授されるが、常に何びとにも極秘の知恵が漏れないように留意する。この方式の真意は、このような秘義を授けられたことがない者には、政府を委すことはできないということを徹底させることにある。これらの人々にのみ、何世紀にもわたる諸経験と比較しつつ、私がこれまでに述べたような計画の実際化や、政治経済運動や社会科学研究の全成果-一言で言えば、人間関係を律する動かしがたい天然法則の大真理-が伝授される。<二十四> ■ たとえ残忍であったとしても無条件に断固たる人物にのみ、われらの賢人長老たちから支配統治の手綱を渡されるのである。……通常の時間における王の行動計画と将来に関することはすべて、最も親しい助言者たちにも知らされない。王と三人の顧問のみが、将来の計画を知っている。断乎とした意志で自分と人類を律する王の人柄には、万人が神秘の宿命を認めるのである。何びとも王が何を行おうとしているのかを知らぬので、あえて知らぬ小路を遮ろうとする者はいない。王の頭の中には実行すべき政府計画を理解するに足りる知恵が貯えられていなければならない。王位に就く前に、前に述べた賢人長老たちが試験を行うのは、そのためである。<二十四> ■ ユダヤ王は自分の感情、とりわけ情欲のとりこになってはならない。王は自分の人格のどの一面でも、荒々しい本能に精神をしのがせることがあってはならぬ。情欲はいかなる精神的な欠点よりも、明晰に見る力を殺ぎ、思考を人間の性質中最悪の獣的なものに落とし込む。ダヴィデの聖なる子孫である全世界統治王その人は、人類の支柱であり、人民のためにはいかなる個人的希望をも犠牲にしなければならない。われらが至高の王は完全無欠の権化でなければならない。<二十四> ■ あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。(申命記、七章六) ■ 主はあなたの意のままにあしらわせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。 (申命記、七章二)。 ■ 世界はただイスラエル人の為にのみ創造されたるなり。イスラエル人は実にして、他の民は空なる殻皮のみ。従ってイスラエルの他に民族なし。彼らはことごとく空皮に過ぎざればなり。<イェシャヤ法師> ■ 神言い給う、我は我が予言者を畜獣に過ぎざる偶像崇拜の徒の為に遣わしたるにあらず。人間なるイスラエル人の為に遣わしたるなり。(ミトラシュ・コヘレート) ■ 人間の獣に優れる如く、ユダヤ人は他の諸民族に優れるものなり。<アブラハム・ゼバ法師>
投稿者: 有馬徳彦
投稿日時:2012-05-30 19:34:14.0
視聴回数:17106回
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カテゴリ:
暮らし全般
エンタメ全般
教育全般
タグ:
アヴェ・ヴェルム・コルプス
(お話です)
1
ユダヤ教についてと
イスラエルの歴史についてと
キリスト教とユダヤ教の歴史について
タルムード
ユダヤ教の聖典は『旧約聖書』ですが
冒頭の5書
「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」は特に重要とされ「モーセ五書」または「トーラー」(律法)と呼ばれます。さらに
モーセが神から授けられた法で
成文におこされずに口伝で伝えられたものがあり
この口伝は3世紀頃に文書化され「ミシュナー」と呼ばています。このミシュナーと
ミシュナーをラビが解釈した「ゲマラ」から作成された日常生活の規範と
時代時代に対応した生きざまを記したものがタルムードです。
タルムードは
6部構成
63編から成る文書群で
現代のユダヤ教の主要教派のほとんどが聖典として認めており
ユダヤ教徒の生活
信仰の基となっているといわるものです。
■
ユダヤ王は真の世界の法王
世界にまたがる教会の総大司教となる。だが
一方で
われわれが青年層を過渡期の新しい伝統の宗教に
後にはわれわれの宗教で再教育する間
われわれは明らさまには既存の教会には指一本触れないけれども
教会内部の軋轢を目ざし批判を加えて宗教人と闘う。その場合
一般的には
われわれの現代社会はゴイムの国家問題
宗教
ゴイムの無能さを断罪し続けるが
常に
わが民天与の才能を振い
あらゆる手段を駆使してかれらの威信を剥奪すべく
罵詈雑言を浴びせ百方中傷する。<十七>
■
重ねて述べるが
臣民は自分たちとは絶対的にかけ離れた力強い手に対しては
盲目的に服従する。彼らはそこに自分たちを襲う社会的な鞭から守ってくれる防御の剣を感じて支持するのである……彼らは王者に天使の心を期待するのか?
彼らが王者に見たいのは力
力
力の権化なのである。<二十三>
■
ダヴィデ王の子孫のうちの数人が
相続権ではなく優れた資質を基準にして王と後継者を選定する。その人々には
政治の最高機密と政府の仕組とが伝授されるが
常に何びとにも極秘の知恵が漏れないように留意する。この方式の真意は
このような秘義を授けられたことがない者には
政府を委すことはできないということを徹底させることにある。これらの人々にのみ
何世紀にもわたる諸経験と比較しつつ
私がこれまでに述べたような計画の実際化や
政治経済運動や社会科学研究の全成果-一言で言えば
人間関係を律する動かしがたい天然法則の大真理-が伝授される。<二十四>
■
たとえ残忍であったとしても無条件に断固たる人物にのみ
われらの賢人長老たちから支配統治の手綱を渡されるのである。……通常の時間における王の行動計画と将来に関することはすべて
最も親しい助言者たちにも知らされない。王と三人の顧問のみが
将来の計画を知っている。断乎とした意志で自分と人類を律する王の人柄には
万人が神秘の宿命を認めるのである。何びとも王が何を行おうとしているのかを知らぬので
あえて知らぬ小路を遮ろうとする者はいない。王の頭の中には実行すべき政府計画を理解するに足りる知恵が貯えられていなければならない。王位に就く前に
前に述べた賢人長老たちが試験を行うのは
そのためである。<二十四>
■
ユダヤ王は自分の感情
とりわけ情欲のとりこになってはならない。王は自分の人格のどの一面でも
荒々しい本能に精神をしのがせることがあってはならぬ。情欲はいかなる精神的な欠点よりも
明晰に見る力を殺ぎ
思考を人間の性質中最悪の獣的なものに落とし込む。ダヴィデの聖なる子孫である全世界統治王その人は
人類の支柱であり
人民のためにはいかなる個人的希望をも犠牲にしなければならない。われらが至高の王は完全無欠の権化でなければならない。<二十四>
■
あなたは
あなたの神
主の聖なる民である。あなたの神
主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び
御自分の宝の民とされた。(申命記
七章六)
■
主はあなたの意のままにあしらわせ
あなたが彼らを撃つときは
彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず
彼らを憐れんではならない。
(申命記
七章二)。
■
世界はただイスラエル人の為にのみ創造されたるなり。イスラエル人は実にして
他の民は空なる殻皮のみ。従ってイスラエルの他に民族なし。彼らはことごとく空皮に過ぎざればなり。<イェシャヤ法師>
■
神言い給う
我は我が予言者を畜獣に過ぎざる偶像崇拜の徒の為に遣わしたるにあらず。人間なるイスラエル人の為に遣わしたるなり。(ミトラシュ・コヘレート)
■
人間の獣に優れる如く
ユダヤ人は他の諸民族に優れるものなり。<アブラハム・ゼバ法師>
■
もしイスラエル人無かりせば
この世に幸福なかりしならん。これ申命記二八の八に記されたる如し。またイスラエル人無かりせば
天の諸星も昇らざるべし。これエレミヤ記三三の三五に記されたる如し。また地の上に雨の降る事なかるべし。これ申命記二八の一二に記されたる如し。<シメオン・ハダルサン法師>
■
選ばれたる民のみ永遠の生命を受くるにふさわしく
他の国人はロバに等し。<アバルバネル法師>
■
「汝は主なる汝の神が汝に与え給いしすべての民を喰い尽くさん」との文句(申命記七ノ十六)は
今は亡き吾等の教法師達により次の如く解せられたり。すなわち
すべての民を喰い尽くし
すべての民より掠奪することは
彼らすべてが吾等の権力下に置かれる時に始まるべし
と。<ベハイ法師>
■
神はユダヤ人にすべての方法を用い
詐欺
強力
高利貸
窃盗によってキリスト教徒の財産を奪取することを命ずる。(オルディン一
トラクト一
ディスト四)
■
吾々はタルムードがモーゼの律法書に対して絶対的優越性を有することを認むるものなり。(イスラエル文庫
一八六四年)
■
律法(聖書)は多少とも重要ではあるが
長老方が聖典に記された言葉は常に重要である。
■
掟の言葉より法師の言葉を敬え。<アシ法師>
■
汝知るべし
法師の言葉は予言者の言葉より美し
と。<アシ法師>
■
教法師の言葉は
生ける神の言葉なり。<ベハイ法師>
■
教法師の日常の言辞も
誡律同様に重んずべきなり。(ヴェネツィア版ミトラシュ
一五一六年版)
■
もし法師
汝の右の手を左の手と言ひ
左の手を右の手と言ふとも
彼の言葉に違ふべからず。<アシ法師>
■
タルムードの決定は
生ける神の言葉である。エホバも天国で問題が起きたときは
現世のラビに意見を聞き給う。(ラビ・メナヘン
第五書の注解)
■
法師の言葉を嘲る者は
地獄の煮え立つ糞の中にて罰せらるべし。<アシェル法師>
■
ラビの言葉に背くことはトーラーに背くことよりも
さらに悪い。(ミズナ
サンヘドリン
十の三)。
■
ラビの言葉を変える者は死罪に処すべきである。(エルビン
二一のb)
■
トーラを学ぶゴイは死罪に当る者なり。<モシェー・バル・マエモン>
■
なんじらは人類であるが
世界の他の国民は人類にあらずして獣類である。(ババ・メチア
一四六の六)。
■
汝等イスラエル人は人間なれど
他の民族は人間に非ず。彼らの魂穢れし霊より出でたればなり。<メナヘム・ベン・シラ法師>
■
イスラエル人は人間と呼ばる。しかれども偶像礼拝者は汚れし霊より出でしものなれば
豚と呼ばるるなり。<ロイベン法師>
■
イスラエル人はアダム(人間)と呼ばれん。然れど他の諸族はアダムと呼ばるることなし。<アブラハム・ゼバ法師>
■
悪魔と世界の諸民族とは
畜獣に数えらるべきなり。<ナフタリ法師>
■
犬は異邦人より勝れたるものなり。<アシ法師>
■
聖書に「隣人」と記されたる個処はいづれも非ユダヤ人を含まざるなり。(「シュルハン・アルフ」の注釈書より)
■
レビ記十九章十一節には
汝は汝の隣人に不法を為すべからず
と記されたり。この文句は
ゴイ(非ユダヤ人)がその中に含まれ居らざる事を明白に示すものなり。
■
ゴイが住んでいる家を見て
人はこう言った。〝神は傲慢の家を亡ぼすだろう〟。そして家々が亡ぼされたのを見て人は言った。〝復讐の神が顕現されたのだ〟(バビロニアン・タルムード
ベラチョット
五八の六)。
■
汝殺すなかれ
との掟は
イスラエル人を殺すなかれ
との意なり。ゴイ
ノアの子等
異教徒はイスラエル人にあらず。<モシェー・バル・マエモン>
■
神はイスラエル人を審くには立ちてなし
尋問も簡単にして速かなり。世の諸民族を審く時は座して
厳格に長々と取調べをなす。<ラバ・バル・ナハマニ法師>
■
「世界はただイスラエル人のみの為に造られたり。」この文句は極めて明瞭なれど
人々はこれをなおよく熟考し
また味うべきなり。イスラエル人に掟の与えられし時
イスラエル人はその掟によりて種々の美点をことごとく保持せしが
他の民は掟を受入れざりしによりこれらの美点を全く有せざるなり。<アブラハム・ゼバ法師>
■
イスラエル人は
他のすべての民に対し優越する者なり
他の諸族の中には賢く利き者唯一人も居らざるに
イスラエル人にあっては全部が特に賢く利き人間なり。
<アブラハム・ゼバ法師>
■
一人のイスラエル人の魂は神の前において他の民族全部の魂より価値多く
また神によって悦ばるるところのものなり。<シェフテル・ホルヴィッツ法師>
■
ゴイがゴイもしくはユダヤ人を殺した場合は責めを負わねばならぬが
ユダヤ人がゴイを殺すも責めは負わず。(前掲書
Ⅷの五)
■
悪しき者(非ユダヤ人)を憐むことは
正しき者(ユダヤ人)に相応わしからぬなり。<ゲルソン法師>
■
ゴイに金を貸す時は必ず高利を以てすべし。<モシェー・バル・マエモン>
■
拾得物を紛失者に返却すべしとの戒は
ユダヤ人に対してのみ守らるべきものにして
ゴイに対しては然らず。この事に就き亡き吾等の教法師達の言えるあり。即ち
「遺失物とはすべて汝の兄弟の失いしところの物を指すものにして
ゴイの失える物は然らず。その理由は
ゴイは神に属する者に非ずして
地の邪神に属する者なる故なり。故にゴイの失える総べての物は
この世にては再び見付けらるる事なき遺失物にして
その所有者に還るべきにあらず。財宝は唯イスラエル人にふさわしく
他の民はこれに値いせざるものなればなり。これ預言者イザヤ(二六ノ一九)の言えるが如し」と。<ゲルソン法師>
■
ゴイの耳は不潔である。かれらの浴槽
住居
田園は不潔である。(トセフタ・ミクワト
vの一)
■
九歳と一日以上のゴイの少年と
三歳と一日以上の少女は
不潔とみなされる。(パーフォコヴィッツ
タルムード
t・v
一一頁)
■
他民族の有する所有物はすべてユダヤ民族に属すべきものである。ゆえになんらの遠慮なくこれをユダヤ民族の手に収むること差し支えなし。(シュルハンアルクのショッツェン・ハミッバッド三百四十八)
■
ゴイがゴイまたはユダヤ人を殺した場合には
その責任を負うべきであるが
ユダヤ人がゴイを殺した場合には責任を負うべきものでない。(トセフタ
アブダ・ザラ八の五)
■
〝盗賊〟という言葉の解釈。ゴイは
ゴイからであろうとユダヤ人からであろうと
盗むこと奪うこと女奴隷を使うことは禁じられる。だがユダヤ人はゴイに禁じられているこれらのすべてのことを為しても禁じられない。(トセフタ
アボダ・ザラ
Ⅷの五)。
■
すべてのイスラエル人は一定の法式により動物及び動物視されている非ユダヤ人を屠ることを許さる。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
ユダヤ女を求め得る場合には
異邦女の乳を幼児に吸わしむべからず。異邦女の乳は心眼を閉ざし
悪しき性格を形成するが故なり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
偶像礼拝に帰依せる非ユダヤ人及び賎しき牧人はこれを殺すことを許さず。されど彼らが危険に面しまた死に瀕せりとて彼らを救うことは許されず。例えば彼らの一人水に落ちたる時
報酬ある場合といえども彼を救い上ぐるべからず。また彼らを瀕死の病よりも癒すべからず・・・報酬ある場合といえども。しかれども吾等と彼らの間に敵意の生ずるを防止する為ならば
報酬無き場合にも彼らを救出し
また癒すことを許さる。しかれども偶像を拝む者
罪を犯す者
掟と預言者を否む者は
これを殺すべし。しかして公然と殺すを得ば
その如くなせ。しかするを得ざる場合には
彼らの死を促進せよ。例えば彼らの一人井戸に落ちたる時
その井戸に梯子あらば
これを取去り
直ちに再び持来るべしとの遁辞を用い
かくすることにより落ちたる者の身を救い得べき道を奪うべし。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
非ユダヤ人の証人たるところの証書はすべて無効なり。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
成人せる非ユダヤ人奴隷は
牧者なき家畜の如し。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
すべてゴイは月經時の子にして
根絶さるべきものなり。<ベハイ法師>
■
キリスト教徒は異教徒なり。<アバルバネル法師>
■
改宗してユダヤ人となれる者は
同様にユダヤ教に改宗せるその母あるいは伯母と婚姻するも差支えなし。改宗者は新たに生れたる者と見なされ得る故なり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
二十四項の罪あり。これに触るる者は除名さる。例えば第八項
その地所を非ユダヤ人に売りたる者
第九項
非ユダヤ人法廷においてその隣人(即ちイスラエル人)に対し不当なる証言を為せる者
等。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
非ユダヤ人及び奴隷も証言を為す資格なし。敵・混血児・裏切者・自由思想家・変節者(背教者)
キリスト教の洗礼を受けたる者はゴイ(非ユダヤ人)より更に悪しければ
同じく証言を為すを得ず。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
他の宗教に改宗したる者は
盗賊になりたると等し。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
汝知るべし
イエスの教に従いて迷えるキリスト教諸国民は
その信仰には種々あれども
ことごとく偶像礼拝者なり。故に彼らは偶像礼拝者相応に扱わるべし。これタルムードの説くところなり。<モシェー・バル・マエモン>
■
決して偶像礼拝者と事を共にするなかれ。また彼らを憫むべからず。その故は
申命記七章二節にその如く記されたればなり。故に非ユダヤ人が生命の危険に瀕するか
あるいは河に溺るるを見るとも
これを救助することは許されず。<モシェー・バル・マエモン>
■
偽善はこの世においては許さる。すなわち
背神者に対し慇懃になし
彼らを敬い
彼らに向いて「我汝を愛す]と言うもよし。すなわち
必要上止むを得ざる場合
恐怖に駆られたる場合は然り。<ベハイ法師>
■
すべてこれらの条項(三十箇条のユダヤ信仰箇條)を信ぜざる者は異教徒なり。故にかかる者を憎むは吾等の義務にして
彼を賎しみ
出来得べくんばその亡ぼし
また根絶するは当然の事なり。<アバルバネル法師>
■
他の諸族はイスラエル人と同じ姿を有すれども
真の人間に比ぶれは模造に過ぎず。彼らは
ダニエル書四の十四・十七に記されたる如く
劣等なる種類の人間なり。これに対しイスラエル人はアダム(人間)なる語の真の意味における高き価値ある人間にして
この故にまた単に人間とも呼ばるるなり。<シメオン・ハダルサン法師>
■
偶像礼拝者は畜獣と呼ばるべきものにしてただ最広義においてのみ人間と呼ばれ得るに過ぎず。<ロイベン法師>
■
非ユダヤ人はイスラエル人の財産に対し所有権を有せず。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
ゴイの財産は主なき物品のごとし。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
一一六の五)。
■
ゴイの土地は荒野のごとし。最初に鍬を入れた者に所有権が帰する。(ババ・バトラ
一四のb)。
■
ユダヤ人はゴイから奪ってよい。ユダヤ人はゴイから金を騙しとってよい。ゴイは金を持つべきではなく
持てば神の名において不名誉となるだろう。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
三四八)
■
ノアの息子は小銭たりとも盗めば死罪に処せらるべきであるが
イスラエル人がゴイに損害を負わせることは差支えなし。なんじの隣人を傷つけるなかれとは書いてあるが
ゴイを傷つけるなかれとは書かれていない。(ミズナ
サンヘドリン
五七)。
■
ゴイの失せ物を見付けた者は自分の所有にしてはならないが
ゴイに返すことは禁じられている。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
二六六の一)。
■
ユダヤ人はユダヤ同族より利子を取るべからず。唯アクムよりのみこれを取るべし。しかしてかかる取引は使者をしてこれをなさしむべし。使者ならば
かく為しても
罪を犯したるには非ずして
戒律もまた遵守されたるなり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
タルムードの誡において神は命じて曰く
ゴイに金を貸すには必ず高利を以てすべし
と。これ
彼らが借りたる金により利する事なからんため
かつまた
我らが金銭にて彼らに助力を与うることなく
むしろ損害を与えんがためなり。<モシェー・バル・マエモン>
■
非ユダヤ人より盗みたる物を用いて女と婚約するは差支えなし。(シュルハン・アルフ
第四巻救いの岩)
■
ゴイに向って誓いを立てた者は
盗賊であれ税吏であれ
責任を取らなくてよい。(トセフタ・スゼブノット
一一)
■
結婚
誓約
約束を取り消すには
ユダヤ人はラビの所に行かねばならぬが
ラビが不在の場合は
他のユダヤ人を三人呼び集め
かれらに残念ながら取り消すと言えばよい。そうすると三人は〝なんじは許された〟と言う。(シュルハン・アルーフ
二
一の二四七)
■
ゴイにわれらの信教を教える者は
ユダヤ人を殺すに等しい。もしもゴイがわれらの教説を知ったならば
かれらは公然とわれらを殺すだろう。(リブル・デヴィッドの書
三七)
■
律法の秘密を公にすることは禁ぜられる。これを破る者は全世界を葬るに等しい犯罪である。(ジャクトゥ・ハダズ
一七一の二)
■
ユダヤ人がラビの書物のどこかを説明してくれと頼まれたなら
ただただ嘘の説明をするべきであり
ほんとうのことを教えてこの指示を裏切る共犯者となってはならない。この律法を破る者は生かしておいてはならない。(リブル・デイヴィド
三七)
■
ゴイがわれらの書物には何かゴイを害することが書いてあるのではないかと聞いたら
偽りの誓いを立てなければならない。そして
そのようなことは誓って書いてないと言わなければならない。(ザーロット・ウザボット
ジュル・ダの書
一七)
■
タルムードを学ぶゴイ
それを助けるユダヤ人はことごとく生かしておいてはならない。(サンヘドリン
五九
ア・アボダ・ゾラ
八の六。ザギガ
一三)
■
神よ
あなたを信ずることなく
その御名を称えざる民どもの上に
あなたの怒りを注がしめ給わんことを。かかる民どもの上にあなたの怒りを下らしめ
あなたの怒りもて屈伏せしめ給え。かの民どもをあなたの怒りもて追い散らし
粉々に打ち砕き給え。おお神よ
かの民どもの骨をすべて抜き取り給え。あなたの民に敵対するものすべてを瞬時に殺傷し給え。これら存在の価値なき民どもを根絶
四散
殱滅し給え。誅殺し給え!
今ただちに誅殺し給え!(プラナイティス
クリスマス・イン・タルムード・ジュデオラム
『シナゴーガ・ジュダイカ』二一二頁
『ミンハギン』二三頁
『クラチ・シャイム』四八〇頁。過越祭の夕の祈りで現在も唱えられているもの)
■
(新年二日以前のもの)彼ら非ユダヤ人の評議を狂気をもって悩まし
その思想を乱し給え。彼らの君侯を狂気ならしめ
彼らが吾々になしし如く彼らになし給え。(「ユダヤ祈祷集」より)
■
何者かが三度ユダヤ人を裏切るか
もしくは(ユダヤ人の)金をゴイどもに渡したことが疑いない場合は
賢人会議はその男を放逐しなければならない。
■
裏切り者を放逐せんがために
何人も共同体に寄付をしなければならない。(前掲書)
■
涜神者(非ユダヤ人)の血を流す者は
神に生贄を捧ぐるに等しきなり。<シメオン・ハダルサン法師>
■
自由思想家及びトーラと預言者を否む者を殺すは掟なり。公然と刀剣を以て為し得る時は然かなすべし。もし然か為し得ずば
策計をめぐらして死に至らしむべし。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
トーラーを持たざる者と予言する者とを
すべて殺さなければならない。彼らを殺す力ある者は
剣あれば憚ることなく剣もて殺せ。剣なければ策略もて放逐せよ。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
四二五の五〇)。
■
キリスト教徒の中最も善き者を絞殺すべし。<アシ法師>
クルアーン
<特大>
第17章
イスラエル
(メッカ啓年)</特大>
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。
17-1.
かれに栄光あれ。そのしもべを
(マッカの)聖なるマスジドから
われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに
夜間
旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。
17-2.
われはムーサーに啓典を授け
イスラエルの子孫ヘの導きとさせ(命じ)た。「われの外に守護者を持ってはならない。」
17-3.
われがヌーフと一緒に(方舟で)運んだ者の子孫よ。本当にかれは感謝するしもベであった。
17-4.
またわれは啓典の中で
イスラエルの子孫に対しこう啓示を与えた。「あなたがたは必ず地上で2度悪を犯し
必ず甚だしく高慢に思いあがるであろう。」
17-5.
それで2つの中最初の時(預言)が来た時
われはしもべの中の武勇に富んだ者を
あなたがたに遣わし
かれらは家々の最も奥に入り
約束は成し遂げられた。
17-6.
次いでわれは
あなたがたがかれらに勝利を得るようにし
またあなたがたの財産と子女を増やして多くの人々とした。
17-7.
(そして仰せられた。)「もしあなたがたが善を行うなら
自分の身のために善を行うのであり
また悪を行っても
自分のため(に行うの)である。」それで2番目の時が来た時
あなたがたの顔は曇り
最初の時のように
かれらはマスジドに侵入し
凡てはかれらによって徹底して踏み躙られ壊滅に帰した。
17-8.
或るいは主もあなたがたに情けを与えるであろう。だがあなたがたが(罪を)繰り返すならば
われも(懲罰を)繰り返すであろう。われは不信者のために
地獄を牢獄として設けた。
17-9.
本当にこのクルアーンは
正しい(道への)導きであり
また善い行いをする信者への吉報である。かれらには偉大な報奨が授けられる。
17-10.
また来世を信じない者には
われはかれらのために痛ましい懲罰を準備した。
17-11.
人間の祈りは幸福のためであるべきなのに
かれは災厄のために祈る。凡そ人間はいつも性急である。
17-12.
われは夜と昼の2つの印を設け
夜の印を暗くした。だが昼の印は明るくして
あなたがたに(働いて)主の恩恵を祈らせ
また年数を知り
(暦法を)計算させる。われは凡てのことを詳細に説き明かした。
17-13.
一人ひとりに
われはその運命を首に結び付けた。そして復活の日には
(行いの)記録された一巻が突き付けられ
かれは開いて見る。
17-14.
(かれは仰せられよう。)「あなたがたの記録を読みなさい。今日こそは
あなた自身が自分の清算者である」
17-15.
誰でも導かれる者は
只自分の魂を益するために導かれ
また誰でも迷う者は
只自分を損うために迷う。重荷を負う者は
他人の重荷を負うことは出来ない。われは(警告のため)一人の使徒を遣わさない限り決して懲罰を下さない。
17-16.
われが一つの町を滅ぼそうとする時は
かれらの中で裕福に生活し
そこで罪を犯している者に(先ず)命令を下し
言葉(の真実)がかれらに確認されて
それからわれはそれを徹底的に壊滅する。
17-17.
ヌーフの後
如何に多くの世代を
われは滅ぼしたことであろうか。あなたの主は
そのしもべたちのいろいろな罪を知っておられ
見ておられる方として万全である。
17-18.
誰でも束の間(のこの世の事物)を望む者には
われも急いでかれのために
われの欲する物をわれが望む者に与える。それからかれのために地獄を準備する。かれはそこで焼かれ
恥辱を被り
(慈悲を)拒否されるであろう。
17-19.
しかし誰でも来世を望み
それに向かい精出し努力し
信仰する者
これらの者の努力は嘉納される。
17-20.
われは凡ての者に
これらの者にもまたかれらにも
あなたの主の賜物を広く授ける。あなたの主の賜物には限界はないのである。
17-21.
見なさい。われはある者に
如何に外よりも優れた恩恵を与えるかを。しかし来世では
必ずもっと大きい等級や偉大な特典がある。
17-22.
アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。さもないと
あなたがたは軽蔑され見捨てられるであろう。
17-23.
あなたの主は命じられる。かれの外何者をも崇拝してはならない。また両親に孝行しなさい。もし両親かまたそのどちらかが
あなたと一緒にいて老齢に達しても
かれらに「ちえっ」とか荒い言葉を使わず
親切な言葉で話しなさい。
17-24.
そして敬愛の情を込め
両親に対し謙虚に翼を低く垂れ(優しくし)て
「主よ
幼少の頃
わたしを愛育してくれたように
2人の上に御慈悲を御授け下さい。」と(祈りを)言うがいい。
17-25.
主はあなたがたの心の中に抱くことを熟知なされる。もしあなたがたが正しい行いをするならば
かれは悔悟して度々(主に)返る者に対し
本当に寛容である。
17-26.
近親者に
当然与えるべきものは与えなさい。また貧者や旅人にも。だが粗末に浪費してはならない。
17-27.
浪費者は本当に悪魔の兄弟である。悪魔は主に対し恩を忘れる。
17-28.
あなたは主からの慈悲を請い願うために
仮令かれらから遠ざかっていても
あなたはかれらに対し優しく語りなさい。
17-29.
あなたの手を
自分の首に縛り付けてはならない。また限界を越え極端に手を開き
恥辱を被り困窮に陥ってはならない。
17-30.
本当にあなたの主は
御心に適う者への報酬を豊かにされ
また控えられる。かれはそのしもべに関し
本当に全知にして全視であられる。
17-31.
貧困を恐れてあなたがたの子女を殺してはならない。われはかれらとあなたがたのために給養する。かれらを殺すのは
本当に大罪である。
17-32.
私通(の危険)に近付いてはならない。それは醜行である。憎むべき道である。
17-33.
正当な理由による以外は
アッラーが尊いものとされた生命を奪ってはならない。誰でも不当に殺害されたならば
われはその相続者に賠償または報復を求める権利を与える。殺害に関して法を越えさせてはならない。本当にかれは(法によって)救護されているのである。
17-34.
孤児が力量(ある年齢)に達するまでは
最善(の管理)をなすための外
かれの財産に近付いてはならない。約束を果たしなさい。凡ての約束は
(審判の日)尋問されるのである。
17-35.
それからあなたがたが計量する時は
(買い手のために)その量を十分にしなさい。また正しい秤で計りなさい。それは立派であり
その方が結果として最良になる。
17-36.
またあなたは
自分の知識のないことに従ってはならない。本当に聴覚
視覚
また心の働きの凡てが(審判の日において)尋問されるであろう。
17-37.
また横柄に地上を歩いてはならない。あなたがたは大地を裂くことも出来ず
また(背丈が)山の高さにもなれない。
17-38.
これらの凡ては悪事で
あなたの主は
これを憎まれる。
17-39.
これらは
主があなたに啓示された英知である。アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。そうでないと恥辱を受け(慈悲を)拒否され地獄に投げ込まれるであろう。
17-40.
(多神教徒よ)主は男児をあなたがたに授け
(御自分は)天使の中から女児を取られたとするのか。本当にあなたがたは由々しき言葉を口にする者である。
17-41.
本当にわれはこのクルアーンで
かれらを戒しめるために繰り返し説いた。しかしそれは
只かれらの(真理からの)離反を加えるだけであった。
アヴェ・ヴェルム・コルプス(お話です) 1 ユダヤ教についてと イスラエルの歴史についてと キリスト教とユダヤ教の歴史について イスラム教の聖典の聖クルアーンの 第17章イスラエル(メッカ啓年)について。 イスラエルとユダヤ教徒、キリスト教徒など他宗教の信者に対する破邪がございますが、他宗教の信者の方々自身に対しては非常に敬意を持って領納してございますから、経の表象も敬意を持って領解(りょうげ)してございます。 聖クルアーン 第17章 イスラエル (メッカ啓年) 慈悲深く、恵み遍くアッラーの御名において。 17-1. かれに栄光あれ。そのしもべを、(マッカの)聖なるマスジドから、われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに、夜間、旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。 17-2. われはムーサーに啓典を授け、イスラエルの子孫ヘの導きとさせ(命じ)た。「われの外に守護者を持ってはならない。」 17-3. われがヌーフと一緒に(方舟で)運んだ者の子孫よ。本当にかれは感謝するしもベであった。 17-4. またわれは啓典の中で、イスラエルの子孫に対しこう啓示を与えた。「あなたがたは必ず地上で2度悪を犯し、必ず甚だしく高慢に思いあがるであろう。」 17-5. それで2つの中最初の時(預言)が来た時、われはしもべの中の武勇に富んだ者を、あなたがたに遣わし、かれらは家々の最も奥に入り、約束は成し遂げられた。 17-6. 次いでわれは、あなたがたがかれらに勝利を得るようにし、またあなたがたの財産と子女を増やして多くの人々とした。 17-7. (そして仰せられた。)「もしあなたがたが善を行うなら、自分の身のために善を行うのであり、また悪を行っても、自分のため(に行うの)である。」それで2番目の時が来た時、あなたがたの顔は曇り、最初の時のように、かれらはマスジドに侵入し、凡てはかれらによって徹底して踏み躙られ壊滅に帰した。 17-8. 或るいは主もあなたがたに情けを与えるであろう。だがあなたがたが(罪を)繰り返すならば、われも(懲罰を)繰り返すであろう。われは不信者のために、地獄を牢獄として設けた。 17-9. 本当にこのクルアーンは、正しい(道への)導きであり、また善い行いをする信者への吉報である。かれらには偉大な報奨が授けられる。 17-10. また来世を信じない者には、われはかれらのために痛ましい懲罰を準備した。 17-11. 人間の祈りは幸福のためであるべきなのに、かれは災厄のために祈る。凡そ人間はいつも性急である。 17-12. われは夜と昼の2つの印を設け、夜の印を暗くした。だが昼の印は明るくして、あなたがたに(働いて)主の恩恵を祈らせ、また年数を知り、(暦法を)計算させる。われは凡てのことを詳細に説き明かした。 17-13. 一人ひとりに、われはその運命を首に結び付けた。そして復活の日には、(行いの)記録された一巻が突き付けられ、かれは開いて見る。 17-14. (かれは仰せられよう。)「あなたがたの記録を読みなさい。今日こそは、あなた自身が自分の清算者である」 17-15. 誰でも導かれる者は、只自分の魂を益するために導かれ、また誰でも迷う者は、只自分を損うために迷う。重荷を負う者は、他人の重荷を負うことは出来ない。われは(警告のため)一人の使徒を遣わさない限り決して懲罰を下さない。 17-16. われが一つの町を滅ぼそうとする時は、かれらの中で裕福に生活し、そこで罪を犯している者に(先ず)命令を下し、言葉(の真実)がかれらに確認されて、それからわれはそれを徹底的に壊滅する。 17-17. ヌーフの後、如何に多くの世代を、われは滅ぼしたことであろうか。あなたの主は、そのしもべたちのいろいろな罪を知っておられ、見ておられる方として万全である。 17-18. 誰でも束の間(のこの世の事物)を望む者には、われも急いでかれのために、われの欲する物をわれが望む者に与える。それからかれのために地獄を準備する。かれはそこで焼かれ、恥辱を被り、(慈悲を)拒否されるであろう。 17-19. しかし誰でも来世を望み、それに向かい精出し努力し、信仰する者、これらの者の努力は嘉納される。 17-20. われは凡ての者に、これらの者にもまたかれらにも、あなたの主の賜物を広く授ける。あなたの主の賜物には限界はないのである。
投稿者: 有馬徳彦
投稿日時:2012-05-30 18:23:35.0
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アヴェ・ヴェルム・コルプス
(お話です)
1
ユダヤ教についてと
イスラエルの歴史についてと
キリスト教とユダヤ教の歴史について
イスラム教の聖典クルアーンの
第17章イスラエル(メッカ啓年)の
イスラエルとユダヤ教徒
キリスト教徒など他宗教の信者に対する破邪がございますが
他宗教の信者の方々自身に対しては非常に敬意を持って領納してございますから
経の表象も敬意を持って領解(りょうげ)してございます。
クルアーン
第17章
イスラエル
(メッカ啓年)
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。
17-1.
かれに栄光あれ。そのしもべを
(マッカの)聖なるマスジドから
われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジドに
夜間
旅をさせた。わが種々の印をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。
17-2.
われはムーサーに啓典を授け
イスラエルの子孫ヘの導きとさせ(命じ)た。「われの外に守護者を持ってはならない。」
17-3.
われがヌーフと一緒に(方舟で)運んだ者の子孫よ。本当にかれは感謝するしもベであった。
17-4.
またわれは啓典の中で
イスラエルの子孫に対しこう啓示を与えた。「あなたがたは必ず地上で2度悪を犯し
必ず甚だしく高慢に思いあがるであろう。」
17-5.
それで2つの中最初の時(預言)が来た時
われはしもべの中の武勇に富んだ者を
あなたがたに遣わし
かれらは家々の最も奥に入り
約束は成し遂げられた。
17-6.
次いでわれは
あなたがたがかれらに勝利を得るようにし
またあなたがたの財産と子女を増やして多くの人々とした。
17-7.
(そして仰せられた。)「もしあなたがたが善を行うなら
自分の身のために善を行うのであり
また悪を行っても
自分のため(に行うの)である。」それで2番目の時が来た時
あなたがたの顔は曇り
最初の時のように
かれらはマスジドに侵入し
凡てはかれらによって徹底して踏み躙られ壊滅に帰した。
17-8.
或るいは主もあなたがたに情けを与えるであろう。だがあなたがたが(罪を)繰り返すならば
われも(懲罰を)繰り返すであろう。われは不信者のために
地獄を牢獄として設けた。
17-9.
本当にこのクルアーンは
正しい(道への)導きであり
また善い行いをする信者への吉報である。かれらには偉大な報奨が授けられる。
17-10.
また来世を信じない者には
われはかれらのために痛ましい懲罰を準備した。
17-11.
人間の祈りは幸福のためであるべきなのに
かれは災厄のために祈る。凡そ人間はいつも性急である。
17-12.
われは夜と昼の2つの印を設け
夜の印を暗くした。だが昼の印は明るくして
あなたがたに(働いて)主の恩恵を祈らせ
また年数を知り
(暦法を)計算させる。われは凡てのことを詳細に説き明かした。
17-13.
一人ひとりに
われはその運命を首に結び付けた。そして復活の日には
(行いの)記録された一巻が突き付けられ
かれは開いて見る。
17-14.
(かれは仰せられよう。)「あなたがたの記録を読みなさい。今日こそは
あなた自身が自分の清算者である」
17-15.
誰でも導かれる者は
只自分の魂を益するために導かれ
また誰でも迷う者は
只自分を損うために迷う。重荷を負う者は
他人の重荷を負うことは出来ない。われは(警告のため)一人の使徒を遣わさない限り決して懲罰を下さない。
17-16.
われが一つの町を滅ぼそうとする時は
かれらの中で裕福に生活し
そこで罪を犯している者に(先ず)命令を下し
言葉(の真実)がかれらに確認されて
それからわれはそれを徹底的に壊滅する。
17-17.
ヌーフの後
如何に多くの世代を
われは滅ぼしたことであろうか。あなたの主は
そのしもべたちのいろいろな罪を知っておられ
見ておられる方として万全である。
17-18.
誰でも束の間(のこの世の事物)を望む者には
われも急いでかれのために
われの欲する物をわれが望む者に与える。それからかれのために地獄を準備する。かれはそこで焼かれ
恥辱を被り
(慈悲を)拒否されるであろう。
17-19.
しかし誰でも来世を望み
それに向かい精出し努力し
信仰する者
これらの者の努力は嘉納される。
17-20.
われは凡ての者に
これらの者にもまたかれらにも
あなたの主の賜物を広く授ける。あなたの主の賜物には限界はないのである。
17-21.
見なさい。われはある者に
如何に外よりも優れた恩恵を与えるかを。しかし来世では
必ずもっと大きい等級や偉大な特典がある。
17-22.
アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。さもないと
あなたがたは軽蔑され見捨てられるであろう。
17-23.
あなたの主は命じられる。かれの外何者をも崇拝してはならない。また両親に孝行しなさい。もし両親かまたそのどちらかが
あなたと一緒にいて老齢に達しても
かれらに「ちえっ」とか荒い言葉を使わず
親切な言葉で話しなさい。
17-24.
そして敬愛の情を込め
両親に対し謙虚に翼を低く垂れ(優しくし)て
「主よ
幼少の頃
わたしを愛育してくれたように
2人の上に御慈悲を御授け下さい。」と(祈りを)言うがいい。
17-25.
主はあなたがたの心の中に抱くことを熟知なされる。もしあなたがたが正しい行いをするならば
かれは悔悟して度々(主に)返る者に対し
本当に寛容である。
17-26.
近親者に
当然与えるべきものは与えなさい。また貧者や旅人にも。だが粗末に浪費してはならない。
17-27.
浪費者は本当に悪魔の兄弟である。悪魔は主に対し恩を忘れる。
17-28.
あなたは主からの慈悲を請い願うために
仮令かれらから遠ざかっていても
あなたはかれらに対し優しく語りなさい。
17-29.
あなたの手を
自分の首に縛り付けてはならない。また限界を越え極端に手を開き
恥辱を被り困窮に陥ってはならない。
17-30.
本当にあなたの主は
御心に適う者への報酬を豊かにされ
また控えられる。かれはそのしもべに関し
本当に全知にして全視であられる。
17-31.
貧困を恐れてあなたがたの子女を殺してはならない。われはかれらとあなたがたのために給養する。かれらを殺すのは
本当に大罪である。
17-32.
私通(の危険)に近付いてはならない。それは醜行である。憎むべき道である。
17-33.
正当な理由による以外は
アッラーが尊いものとされた生命を奪ってはならない。誰でも不当に殺害されたならば
われはその相続者に賠償または報復を求める権利を与える。殺害に関して法を越えさせてはならない。本当にかれは(法によって)救護されているのである。
17-34.
孤児が力量(ある年齢)に達するまでは
最善(の管理)をなすための外
かれの財産に近付いてはならない。約束を果たしなさい。凡ての約束は
(審判の日)尋問されるのである。
17-35.
それからあなたがたが計量する時は
(買い手のために)その量を十分にしなさい。また正しい秤で計りなさい。それは立派であり
その方が結果として最良になる。
17-36.
またあなたは
自分の知識のないことに従ってはならない。本当に聴覚
視覚
また心の働きの凡てが(審判の日において)尋問されるであろう。
17-37.
また横柄に地上を歩いてはならない。あなたがたは大地を裂くことも出来ず
また(背丈が)山の高さにもなれない。
17-38.
これらの凡ては悪事で
あなたの主は
これを憎まれる。
17-39.
これらは
主があなたに啓示された英知である。アッラーと一緒に外の神を立ててはならない。そうでないと恥辱を受け(慈悲を)拒否され地獄に投げ込まれるであろう。
17-40.
(多神教徒よ)主は男児をあなたがたに授け
(御自分は)天使の中から女児を取られたとするのか。本当にあなたがたは由々しき言葉を口にする者である。
17-41.
本当にわれはこのクルアーンで
かれらを戒しめるために繰り返し説いた。しかしそれは
只かれらの(真理からの)離反を加えるだけであった。
タルムード
ユダヤ教の聖典は『旧約聖書』ですが
冒頭の5書
「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」は特に重要とされ「モーセ五書」または「トーラー」(律法)と呼ばれます。さらに
モーセが神から授けられた法で
成文化されずに口伝で伝えられたものがあり
この口伝は3世紀頃に文書化され「ミシュナ」と呼ばています。このミシュナと
ミシュナをラビが解釈した「ゲマラ」から作成された日常生活の規範と
時代時代に対応した生きざまを記したものがタルムードです。
タルムードは
6部構成
63編から成る文書群で
現代のユダヤ教の主要教派のほとんどが聖典として認めており
ユダヤ教徒の生活
信仰の基となっているといわるものです。
■
ユダヤ王は真の世界の法王
世界にまたがる教会の総大司教となる。だが
一方で
われわれが青年層を過渡期の新しい伝統の宗教に
後にはわれわれの宗教で再教育する間
われわれは明らさまには既存の教会には指一本触れないけれども
教会内部の軋轢を目ざし批判を加えて宗教人と闘う。その場合
一般的には
われわれの現代社会はゴイムの国家問題
宗教
ゴイムの無能さを断罪し続けるが
常に
わが民天与の才能を振い
あらゆる手段を駆使してかれらの威信を剥奪すべく
罵詈雑言を浴びせ百方中傷する。<十七>
■
重ねて述べるが
臣民は自分たちとは絶対的にかけ離れた力強い手に対しては
盲目的に服従する。彼らはそこに自分たちを襲う社会的な鞭から守ってくれる防御の剣を感じて支持するのである……彼らは王者に天使の心を期待するのか?
彼らが王者に見たいのは力
力
力の権化なのである。<二十三>
■
ダヴィデ王の子孫のうちの数人が
相続権ではなく優れた資質を基準にして王と後継者を選定する。その人々には
政治の最高機密と政府の仕組とが伝授されるが
常に何びとにも極秘の知恵が漏れないように留意する。この方式の真意は
このような秘義を授けられたことがない者には
政府を委すことはできないということを徹底させることにある。これらの人々にのみ
何世紀にもわたる諸経験と比較しつつ
私がこれまでに述べたような計画の実際化や
政治経済運動や社会科学研究の全成果-一言で言えば
人間関係を律する動かしがたい天然法則の大真理-が伝授される。<二十四>
■
たとえ残忍であったとしても無条件に断固たる人物にのみ
われらの賢人長老たちから支配統治の手綱を渡されるのである。……通常の時間における王の行動計画と将来に関することはすべて
最も親しい助言者たちにも知らされない。王と三人の顧問のみが
将来の計画を知っている。断乎とした意志で自分と人類を律する王の人柄には
万人が神秘の宿命を認めるのである。何びとも王が何を行おうとしているのかを知らぬので
あえて知らぬ小路を遮ろうとする者はいない。王の頭の中には実行すべき政府計画を理解するに足りる知恵が貯えられていなければならない。王位に就く前に
前に述べた賢人長老たちが試験を行うのは
そのためである。<二十四>
■
ユダヤ王は自分の感情
とりわけ情欲のとりこになってはならない。王は自分の人格のどの一面でも
荒々しい本能に精神をしのがせることがあってはならぬ。情欲はいかなる精神的な欠点よりも
明晰に見る力を殺ぎ
思考を人間の性質中最悪の獣的なものに落とし込む。ダヴィデの聖なる子孫である全世界統治王その人は
人類の支柱であり
人民のためにはいかなる個人的希望をも犠牲にしなければならない。われらが至高の王は完全無欠の権化でなければならない。<二十四>
■
あなたは
あなたの神
主の聖なる民である。あなたの神
主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び
御自分の宝の民とされた。(申命記
七章六)
■
主はあなたの意のままにあしらわせ
あなたが彼らを撃つときは
彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず
彼らを憐れんではならない。
(申命記
七章二)。
■
世界はただイスラエル人の為にのみ創造されたるなり。イスラエル人は実にして
他の民は空なる殻皮のみ。従ってイスラエルの他に民族なし。彼らはことごとく空皮に過ぎざればなり。<イェシャヤ法師>
■
神言い給う
我は我が予言者を畜獣に過ぎざる偶像崇拜の徒の為に遣わしたるにあらず。人間なるイスラエル人の為に遣わしたるなり。(ミトラシュ・コヘレート)
■
人間の獣に優れる如く
ユダヤ人は他の諸民族に優れるものなり。<アブラハム・ゼバ法師>
■
もしイスラエル人無かりせば
この世に幸福なかりしならん。これ申命記二八の八に記されたる如し。またイスラエル人無かりせば
天の諸星も昇らざるべし。これエレミヤ記三三の三五に記されたる如し。また地の上に雨の降る事なかるべし。これ申命記二八の一二に記されたる如し。<シメオン・ハダルサン法師>
■
選ばれたる民のみ永遠の生命を受くるにふさわしく
他の国人はロバに等し。<アバルバネル法師>
■
「汝は主なる汝の神が汝に与え給いしすべての民を喰い尽くさん」との文句(申命記七ノ十六)は
今は亡き吾等の教法師達により次の如く解せられたり。すなわち
すべての民を喰い尽くし
すべての民より掠奪することは
彼らすべてが吾等の権力下に置かれる時に始まるべし
と。<ベハイ法師>
■
神はユダヤ人にすべての方法を用い
詐欺
強力
高利貸
窃盗によってキリスト教徒の財産を奪取することを命ずる。(オルディン一
トラクト一
ディスト四)
■
吾々はタルムードがモーゼの律法書に対して絶対的優越性を有することを認むるものなり。(イスラエル文庫
一八六四年)
■
律法(聖書)は多少とも重要ではあるが
長老方が聖典に記された言葉は常に重要である。
■
掟の言葉より法師の言葉を敬え。<アシ法師>
■
汝知るべし
法師の言葉は予言者の言葉より美し
と。<アシ法師>
■
教法師の言葉は
生ける神の言葉なり。<ベハイ法師>
■
教法師の日常の言辞も
誡律同様に重んずべきなり。(ヴェネツィア版ミトラシュ
一五一六年版)
■
もし法師
汝の右の手を左の手と言ひ
左の手を右の手と言ふとも
彼の言葉に違ふべからず。<アシ法師>
■
タルムードの決定は
生ける神の言葉である。エホバも天国で問題が起きたときは
現世のラビに意見を聞き給う。(ラビ・メナヘン
第五書の注解)
■
法師の言葉を嘲る者は
地獄の煮え立つ糞の中にて罰せらるべし。<アシェル法師>
■
ラビの言葉に背くことはトーラーに背くことよりも
さらに悪い。(ミズナ
サンヘドリン
十の三)。
■
ラビの言葉を変える者は死罪に処すべきである。(エルビン
二一のb)
■
トーラを学ぶゴイは死罪に当る者なり。<モシェー・バル・マエモン>
■
なんじらは人類であるが
世界の他の国民は人類にあらずして獣類である。(ババ・メチア
一四六の六)。
■
汝等イスラエル人は人間なれど
他の民族は人間に非ず。彼らの魂穢れし霊より出でたればなり。<メナヘム・ベン・シラ法師>
■
イスラエル人は人間と呼ばる。しかれども偶像礼拝者は汚れし霊より出でしものなれば
豚と呼ばるるなり。<ロイベン法師>
■
イスラエル人はアダム(人間)と呼ばれん。然れど他の諸族はアダムと呼ばるることなし。<アブラハム・ゼバ法師>
■
悪魔と世界の諸民族とは
畜獣に数えらるべきなり。<ナフタリ法師>
■
犬は異邦人より勝れたるものなり。<アシ法師>
■
聖書に「隣人」と記されたる個処はいづれも非ユダヤ人を含まざるなり。(「シュルハン・アルフ」の注釈書より)
■
レビ記十九章十一節には
汝は汝の隣人に不法を為すべからず
と記されたり。この文句は
ゴイ(非ユダヤ人)がその中に含まれ居らざる事を明白に示すものなり。
■
ゴイが住んでいる家を見て
人はこう言った。〝神は傲慢の家を亡ぼすだろう〟。そして家々が亡ぼされたのを見て人は言った。〝復讐の神が顕現されたのだ〟(バビロニアン・タルムード
ベラチョット
五八の六)。
■
汝殺すなかれ
との掟は
イスラエル人を殺すなかれ
との意なり。ゴイ
ノアの子等
異教徒はイスラエル人にあらず。<モシェー・バル・マエモン>
■
神はイスラエル人を審くには立ちてなし
尋問も簡単にして速かなり。世の諸民族を審く時は座して
厳格に長々と取調べをなす。<ラバ・バル・ナハマニ法師>
■
「世界はただイスラエル人のみの為に造られたり。」この文句は極めて明瞭なれど
人々はこれをなおよく熟考し
また味うべきなり。イスラエル人に掟の与えられし時
イスラエル人はその掟によりて種々の美点をことごとく保持せしが
他の民は掟を受入れざりしによりこれらの美点を全く有せざるなり。<アブラハム・ゼバ法師>
■
イスラエル人は
他のすべての民に対し優越する者なり
他の諸族の中には賢く利き者唯一人も居らざるに
イスラエル人にあっては全部が特に賢く利き人間なり。
<アブラハム・ゼバ法師>
■
一人のイスラエル人の魂は神の前において他の民族全部の魂より価値多く
また神によって悦ばるるところのものなり。<シェフテル・ホルヴィッツ法師>
■
ゴイがゴイもしくはユダヤ人を殺した場合は責めを負わねばならぬが
ユダヤ人がゴイを殺すも責めは負わず。(前掲書
Ⅷの五)
■
悪しき者(非ユダヤ人)を憐むことは
正しき者(ユダヤ人)に相応わしからぬなり。<ゲルソン法師>
■
ゴイに金を貸す時は必ず高利を以てすべし。<モシェー・バル・マエモン>
■
拾得物を紛失者に返却すべしとの戒は
ユダヤ人に対してのみ守らるべきものにして
ゴイに対しては然らず。この事に就き亡き吾等の教法師達の言えるあり。即ち
「遺失物とはすべて汝の兄弟の失いしところの物を指すものにして
ゴイの失える物は然らず。その理由は
ゴイは神に属する者に非ずして
地の邪神に属する者なる故なり。故にゴイの失える総べての物は
この世にては再び見付けらるる事なき遺失物にして
その所有者に還るべきにあらず。財宝は唯イスラエル人にふさわしく
他の民はこれに値いせざるものなればなり。これ預言者イザヤ(二六ノ一九)の言えるが如し」と。<ゲルソン法師>
■
ゴイの耳は不潔である。かれらの浴槽
住居
田園は不潔である。(トセフタ・ミクワト
vの一)
■
九歳と一日以上のゴイの少年と
三歳と一日以上の少女は
不潔とみなされる。(パーフォコヴィッツ
タルムード
t・v
一一頁)
■
他民族の有する所有物はすべてユダヤ民族に属すべきものである。ゆえになんらの遠慮なくこれをユダヤ民族の手に収むること差し支えなし。(シュルハンアルクのショッツェン・ハミッバッド三百四十八)
■
ゴイがゴイまたはユダヤ人を殺した場合には
その責任を負うべきであるが
ユダヤ人がゴイを殺した場合には責任を負うべきものでない。(トセフタ
アブダ・ザラ八の五)
■
〝盗賊〟という言葉の解釈。ゴイは
ゴイからであろうとユダヤ人からであろうと
盗むこと奪うこと女奴隷を使うことは禁じられる。だがユダヤ人はゴイに禁じられているこれらのすべてのことを為しても禁じられない。(トセフタ
アボダ・ザラ
Ⅷの五)。
■
すべてのイスラエル人は一定の法式により動物及び動物視されている非ユダヤ人を屠ることを許さる。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
ユダヤ女を求め得る場合には
異邦女の乳を幼児に吸わしむべからず。異邦女の乳は心眼を閉ざし
悪しき性格を形成するが故なり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
偶像礼拝に帰依せる非ユダヤ人及び賎しき牧人はこれを殺すことを許さず。されど彼らが危険に面しまた死に瀕せりとて彼らを救うことは許されず。例えば彼らの一人水に落ちたる時
報酬ある場合といえども彼を救い上ぐるべからず。また彼らを瀕死の病よりも癒すべからず・・・報酬ある場合といえども。しかれども吾等と彼らの間に敵意の生ずるを防止する為ならば
報酬無き場合にも彼らを救出し
また癒すことを許さる。しかれども偶像を拝む者
罪を犯す者
掟と預言者を否む者は
これを殺すべし。しかして公然と殺すを得ば
その如くなせ。しかするを得ざる場合には
彼らの死を促進せよ。例えば彼らの一人井戸に落ちたる時
その井戸に梯子あらば
これを取去り
直ちに再び持来るべしとの遁辞を用い
かくすることにより落ちたる者の身を救い得べき道を奪うべし。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
非ユダヤ人の証人たるところの証書はすべて無効なり。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
成人せる非ユダヤ人奴隷は
牧者なき家畜の如し。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
すべてゴイは月經時の子にして
根絶さるべきものなり。<ベハイ法師>
■
キリスト教徒は異教徒なり。<アバルバネル法師>
■
改宗してユダヤ人となれる者は
同様にユダヤ教に改宗せるその母あるいは伯母と婚姻するも差支えなし。改宗者は新たに生れたる者と見なされ得る故なり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
二十四項の罪あり。これに触るる者は除名さる。例えば第八項
その地所を非ユダヤ人に売りたる者
第九項
非ユダヤ人法廷においてその隣人(即ちイスラエル人)に対し不当なる証言を為せる者
等。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
非ユダヤ人及び奴隷も証言を為す資格なし。敵・混血児・裏切者・自由思想家・変節者(背教者)
キリスト教の洗礼を受けたる者はゴイ(非ユダヤ人)より更に悪しければ
同じく証言を為すを得ず。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
他の宗教に改宗したる者は
盗賊になりたると等し。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
汝知るべし
イエスの教に従いて迷えるキリスト教諸国民は
その信仰には種々あれども
ことごとく偶像礼拝者なり。故に彼らは偶像礼拝者相応に扱わるべし。これタルムードの説くところなり。<モシェー・バル・マエモン>
■
決して偶像礼拝者と事を共にするなかれ。また彼らを憫むべからず。その故は
申命記七章二節にその如く記されたればなり。故に非ユダヤ人が生命の危険に瀕するか
あるいは河に溺るるを見るとも
これを救助することは許されず。<モシェー・バル・マエモン>
■
偽善はこの世においては許さる。すなわち
背神者に対し慇懃になし
彼らを敬い
彼らに向いて「我汝を愛す]と言うもよし。すなわち
必要上止むを得ざる場合
恐怖に駆られたる場合は然り。<ベハイ法師>
■
すべてこれらの条項(三十箇条のユダヤ信仰箇條)を信ぜざる者は異教徒なり。故にかかる者を憎むは吾等の義務にして
彼を賎しみ
出来得べくんばその亡ぼし
また根絶するは当然の事なり。<アバルバネル法師>
■
他の諸族はイスラエル人と同じ姿を有すれども
真の人間に比ぶれは模造に過ぎず。彼らは
ダニエル書四の十四・十七に記されたる如く
劣等なる種類の人間なり。これに対しイスラエル人はアダム(人間)なる語の真の意味における高き価値ある人間にして
この故にまた単に人間とも呼ばるるなり。<シメオン・ハダルサン法師>
■
偶像礼拝者は畜獣と呼ばるべきものにしてただ最広義においてのみ人間と呼ばれ得るに過ぎず。<ロイベン法師>
■
非ユダヤ人はイスラエル人の財産に対し所有権を有せず。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
■
ゴイの財産は主なき物品のごとし。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
一一六の五)。
■
ゴイの土地は荒野のごとし。最初に鍬を入れた者に所有権が帰する。(ババ・バトラ
一四のb)。
■
ユダヤ人はゴイから奪ってよい。ユダヤ人はゴイから金を騙しとってよい。ゴイは金を持つべきではなく
持てば神の名において不名誉となるだろう。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
三四八)
■
ノアの息子は小銭たりとも盗めば死罪に処せらるべきであるが
イスラエル人がゴイに損害を負わせることは差支えなし。なんじの隣人を傷つけるなかれとは書いてあるが
ゴイを傷つけるなかれとは書かれていない。(ミズナ
サンヘドリン
五七)。
■
ゴイの失せ物を見付けた者は自分の所有にしてはならないが
ゴイに返すことは禁じられている。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
二六六の一)。
■
ユダヤ人はユダヤ同族より利子を取るべからず。唯アクムよりのみこれを取るべし。しかしてかかる取引は使者をしてこれをなさしむべし。使者ならば
かく為しても
罪を犯したるには非ずして
戒律もまた遵守されたるなり。(シュルハン・アルフ
第二巻智慧の教)
■
タルムードの誡において神は命じて曰く
ゴイに金を貸すには必ず高利を以てすべし
と。これ
彼らが借りたる金により利する事なからんため
かつまた
我らが金銭にて彼らに助力を与うることなく
むしろ損害を与えんがためなり。<モシェー・バル・マエモン>
■
非ユダヤ人より盗みたる物を用いて女と婚約するは差支えなし。(シュルハン・アルフ
第四巻救いの岩)
■
ゴイに向って誓いを立てた者は
盗賊であれ税吏であれ
責任を取らなくてよい。(トセフタ・スゼブノット
一一)
■
結婚
誓約
約束を取り消すには
ユダヤ人はラビの所に行かねばならぬが
ラビが不在の場合は
他のユダヤ人を三人呼び集め
かれらに残念ながら取り消すと言えばよい。そうすると三人は〝なんじは許された〟と言う。(シュルハン・アルーフ
二
一の二四七)
■
ゴイにわれらの信教を教える者は
ユダヤ人を殺すに等しい。もしもゴイがわれらの教説を知ったならば
かれらは公然とわれらを殺すだろう。(リブル・デヴィッドの書
三七)
■
律法の秘密を公にすることは禁ぜられる。これを破る者は全世界を葬るに等しい犯罪である。(ジャクトゥ・ハダズ
一七一の二)
■
ユダヤ人がラビの書物のどこかを説明してくれと頼まれたなら
ただただ嘘の説明をするべきであり
ほんとうのことを教えてこの指示を裏切る共犯者となってはならない。この律法を破る者は生かしておいてはならない。(リブル・デイヴィド
三七)
■
ゴイがわれらの書物には何かゴイを害することが書いてあるのではないかと聞いたら
偽りの誓いを立てなければならない。そして
そのようなことは誓って書いてないと言わなければならない。(ザーロット・ウザボット
ジュル・ダの書
一七)
■
タルムードを学ぶゴイ
それを助けるユダヤ人はことごとく生かしておいてはならない。(サンヘドリン
五九
ア・アボダ・ゾラ
八の六。ザギガ
一三)
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神よ
あなたを信ずることなく
その御名を称えざる民どもの上に
あなたの怒りを注がしめ給わんことを。かかる民どもの上にあなたの怒りを下らしめ
あなたの怒りもて屈伏せしめ給え。かの民どもをあなたの怒りもて追い散らし
粉々に打ち砕き給え。おお神よ
かの民どもの骨をすべて抜き取り給え。あなたの民に敵対するものすべてを瞬時に殺傷し給え。これら存在の価値なき民どもを根絶
四散
殱滅し給え。誅殺し給え!
今ただちに誅殺し給え!(プラナイティス
クリスマス・イン・タルムード・ジュデオラム
『シナゴーガ・ジュダイカ』二一二頁
『ミンハギン』二三頁
『クラチ・シャイム』四八〇頁。過越祭の夕の祈りで現在も唱えられているもの)
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(新年二日以前のもの)彼ら非ユダヤ人の評議を狂気をもって悩まし
その思想を乱し給え。彼らの君侯を狂気ならしめ
彼らが吾々になしし如く彼らになし給え。(「ユダヤ祈祷集」より)
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何者かが三度ユダヤ人を裏切るか
もしくは(ユダヤ人の)金をゴイどもに渡したことが疑いない場合は
賢人会議はその男を放逐しなければならない。
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裏切り者を放逐せんがために
何人も共同体に寄付をしなければならない。(前掲書)
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涜神者(非ユダヤ人)の血を流す者は
神に生贄を捧ぐるに等しきなり。<シメオン・ハダルサン法師>
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自由思想家及びトーラと預言者を否む者を殺すは掟なり。公然と刀剣を以て為し得る時は然かなすべし。もし然か為し得ずば
策計をめぐらして死に至らしむべし。(シュルハン・アルフ
第三巻正義の楯)
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トーラーを持たざる者と予言する者とを
すべて殺さなければならない。彼らを殺す力ある者は
剣あれば憚ることなく剣もて殺せ。剣なければ策略もて放逐せよ。(シュルハン・アルーフ
コーゼン・ハミズパット
四二五の五〇)。
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キリスト教徒の中最も善き者を絞殺すべし。<アシ法師>